2008年9月のリーマンブラザーズの破綻に端を発した金融危機下において企業の現金創出力がしばしば話題になりました。
その後、世界各国が金融緩和策や財政による景気刺激策を導入し、2010年代の景気回復に成功することになります。さらに、そろそろ金融緩和策にブレーキをかける必要性が頭をもたげた時期に始まったのがコロナ禍です。コロナによる恐慌を防ぐために、リーマンショック時同様、各国政府は助成金のばらまきとさらなる金融緩和を行いました。
このような金融緩和下では、お金が有り余っているわけですから、2010年前後のように現金創出力が話題になることもありませんでした。
しかし、コロナによる物流の目詰まりに加え、ロシアのウクライナ侵攻により始まったインフレを抑えるべく、世界的に金利引き上げが始まりました。そして、それまで世にあふれていたお金が締まり始めると、案の定、銀行破綻が始まったのです。
まずは、先陣を切って米国のSVB(シリコンバレーバンク)が破綻し、それが欧州にも飛び火し、クレディスイスが破綻しました。そのために、ここに来て再び現金創出力が注目され始めています。最近でも、3月30日付の日経紙では米国株が現金を稼ぐ力で選別され始めたと述べています。つまり、銀行の経営不安から融資の審査が厳格化されても資金繰りに困らないのは現金創出力のある会社だという論理です。
この現金創出には二つのアプローチがあり、一つは単純に損益計算書を通じていかに利益を稼ぐかであり、もう一つは貸借対照表を通じたものです。このうち、貸借対照表を通じた現金創出に影響するのが、キャッシュ・コンバージョン・サイクル(以下CCC)とよばれるものです。
CCCは棚卸資産回転日数と売掛債権回転日数を足し、仕入れ債務回転日数を引いて求めます。これは仕入れ代金の支出から回収までの期間を示す数値となります。
3月25日付日経紙では、パナソニックホールディングスがコロナによる部品不足などに備えるため、積み増した棚卸資産を圧縮し、CCCの短期化を目指すとする記事が掲載されました。
同社のCCCはコロナ前の2020年3月期で41.2日だったものが2022年3月期では57.9日まで膨らんでおり、今後は在庫圧縮でCCCの短期化を目指すとしています。
実はしばしばこのCCCの優良企業として取り上げられるのが、アップルです。先の日経の現金創出力でも1位のアップルは、純利益を稼ぐ力もさることながら、CCCはなんと-35.6日(2022年9月期)なのです。
つまり、すでに売上が立つ1カ月以上も前に資金回収が終わっていることを意味します。アップルの回転日数は、売掛金が52.0日、棚卸資産は9.4日、そして買掛金は97.1日となっています。実はアマゾンでもCCCは-31.1日とやはりマイナスです。これは両社とも仕入れ先や販売先に対して優位な立場にあるが故のものです。
このような強烈な競争力の優位性がある企業は別にして、日本における加工食品卸売業は世界でもかなり稀なCCCがマイナスとなる業態で、その力によって、顧客である食品小売業にもマイナスのCCCを供給できる稀有な存在です。
加工食品卸売業上位の三菱食品のCCCは-7.9日(2022年3月期)、加藤産業ではなんと-17.2日(2022年9月期)となっています。加藤産業の方が10日ほど回収期間が早いのは、過去におけるM&Aの差です。三菱食品や加藤産業はもともとドライの加工食品が中心で、このドライの加工食品が最もCCCのマイナスが大きなものです。
しかし、酒類や菓子の取引は過去からのメーカーと卸の関係性から回収期間が長い取引でした。そのため、この数十年で加工食品卸売業が力をつけ、酒類卸や菓子卸を吸収合併する中で、それらの影響を受け、徐々に回収期間が長くなってきました。その影響はM&Aの規模の大きかった三菱食品の方が影響を受けたためです。
※写真はイメージです
このように加工食品卸売業はCCCをマイナスとしていますが、この恩恵は食品小売業も受けています。食品スーパー最大手のヤオコーのCCCを見ると、-17.2日となっており、やはり仕入れの17.2日前に現金回収が終わっているような形になっています。
一般的には、売上が増えると必要なキャッシュが増えるのが普通ですが、食品スーパーは売上が増えるとむしろキャッシュが手元に増えることになります。それゆえ、利益率がさほど高くない事業でありながらも高速出店を行うことができるのです。
有賀の眼
しばしば、わが国では卸不要論が声高に叫ばれることがありましたが、未だに卸は健在で、しかも成長を続けています。これは加工食品卸売業の最大の顧客である食品スーパーの経営にとって、卸売業は必要不可欠なものであるためです。
もちろん、商品の仕入先ではありますが、それに加えてCCCのマイナス維持に不可欠だという点でも重要な存在だということです。
なお、加工食品卸売業がビジネスモデルとしてCCCのマイナスに貢献できるのは、この数十年間に物流効率を高めることで、卸在庫、小売業在庫の回転日数を極端に短くすることに成功したためです。各社の在庫の回転日数を見ると、三菱食品が13.7日、加藤産業が10.8日、そしてヤオコーが8.5日とあれだけの品数を揃えながらそれぞれ驚異的な短さとなっています。
これはまさに、長い年月にわたって卸売業が磨き上げてきたロジスティクス技術の賜物と言えるでしょう。