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第86回「大胆なIT人材への投資完了でいよいよ成長期を迎えるか」さくらインターネット

深読み企業分析


さくらインターネットはもともとはデータセンター事業者である。データセンター事業者とは大都市でビルの一棟もしくはワンフロアを借りて、そこにサーバを設置して、そのサーバの利用権を販売する会社である。場合によっては、サーバが設置できるようにした部屋を貸与して、顧客が自前のサーバを設置する場合もある。そのような契約形態をハウジング、そしてサーバを顧客専用に貸し出すことを専用サーバと呼ぶ。今から10年前にはこの両事業で売上の73%を占めており、まさに文字通り当時の同社はデータセンター事業者であった。
 
データセンターのコストの主なものはサーバの償却費、家賃、そしてサーバを稼働し、サーバを冷却するための電気代である。元来サーバは顧客と物理的に近いことが常識であったため、大都市に置かれることが多かった、しかし、実質的には遠くにあっても問題ないこと、2011年の大震災で1か所にこだわるリスクも意識されるようになった。そこで同社では、物理的な距離にこだわらず、家賃が安く、気温が低いことで電気代も安く済む北海道の石狩にデータセンターを建設した。当時はそんな田舎にデータセンターを作ることは非常識とも言えたが、結果的には徐々に顧客も物理的な距離へのこだわりが薄れ、同社のローコスト策が市場に受け入れられるようになった。
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 ただし、市場自体はさらに先を行き始めて、むしろ物理サーバ自体にこだわらずに、VPSと言われるような仮想サーバや使った分だけ課金されるクラウドに需要が大きくシフトし始めた。しかし、そうなるとサーバは海外にあってもいいことになり、海外では家賃も電気代も日本より安いために、日本企業が海外企業との競争に後れを取るようになった。その結果、現時点で日本におけるクラウド市場はアマゾン、マイクロソフトなどが高シェアを占めるようになっている。
 
そこで同社では、石狩のデータセンターでコスト面ではライバルに対抗しつつ、よりきめ細かな顧客対応や、付加価値の高いサービスを開発することによって、競争に打ち勝つことを目指した。そのためにはまず優秀なIT人材の確保が不可欠なため、ITエンジニアの採用に注力した。しかし、そもそも日本は人手不足であり、しかもIT人材はさらに需給がタイトである。また、人手不足故、ITエンジニアの労働環境は過酷で、残業時間も極めて長いことが、業界の常態であった。
 
そこで、同社ではまずはエンジニアが来たくなる会社にしようということで、残業時間を極力少なくする方針を固めた。その結果、採用人員が継続的に大きく増えて、経営の圧迫要因となってきた。この10年間の同社の売上総利益は年率9.9%の増加であったが、販管費は年率12.4%増と売上総利益の伸びを上回った結果、営業利益は年率2.3%増と微増にとどまった。
 
特に10年の内の直近5年は極端で、売上が年率15.7%、売上総利益も年率15.4%と高成長しながら、販管費が年率21.0%と大きく伸び、営業利益は0.5%減とほぼ横ばいに終わっている。
 
ただし、その結果、IT人材は口コミで社員の知り合いが採用できるようにまでなっている。また、これまで大量採用した人材が戦力として本格的に寄与し始めて、高付加価値サービスの売上増に結び付き始めたことに加え、当面の採用は低水準で済む状況となってきた。10年前にはハウジングと専用サーバで売上の72.6%を占めていたが、その後VPS・クラウドの成長で今やそれら物理サーバの構成比は34.1%と半減以下となっている。
 
直近、クラウド化が急速に進み、ハウジングや専用サーバの解約が加速しているのがリスクではあるが、高付加化価値のVPS・クラウドの成長に加え、販管費の増加ピッチの低下によって、いよいよ飛躍の時を迎えたのではないかと思われる。
 
有賀の眼
 
ITの世界は目まぐるしく技術革新が進み、なかなか継続的に勝てるビジネスモデルを構築するのが難しい世界である。たとえ、一つの勝ちパターンを発見したとしても、数年でまた異なる方向へ進み始める世界である。その中で、ITのインフラのともいうべきデータセンター業である同社は、情報の要にも位置しており、飛躍するチャンスは多いものと考えられる。
 
そういった位置づけの会社であるゆえ、まずは人材の蓄積、抱え込みに目を付けた点は大いに評価できるものと考えられる。しかし、IT企業にとって人材は人財でもあるが、一方で固定費でもあり、同時並行的に売上、売上総利益を増やし続けなければ、利益が減り続けることになる。
 
その意味において、かろうじて利益を維持しながらこの数年でITエンジニアを充足させ、働く環境を整え切ったことは当面の急成長がある程度視野に入ってきたと評価できよう。もちろんその背景として、技術進化の方向性を正しく見抜いたことも見逃せないと言えよう。そんな同社の当面の成長性からはいよいよ目を離せないものとなってきたのではなかろうか。
 

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