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第53話 DXとは、誰のため? 何のため?

北村森の「今月のヒット商品」

今年もいろんな言葉が飛び交った1年でしたね。SDGsは数年前に比べると、より身近な概念になってきています。では、DXは?

 

DXとはデジタルトランスフォーメーションの略です。このところ、企業が他社との競争に勝つための効率化を進めるための方策として、このDX導入の必要性が叫ばれていますけれど、ここでもともとの語義を改めて確認しておきたい。

 

最初にDXを提唱したのはスウェーデンの大学教授といわれてていて、それは2000年代半ばのころでした。「テクノロジーによって、人々の生活をより良く、豊かにする」というのがDXの元来の概念です。つまり、企業の生き残り競争のためのIT化というよりも、そもそもは「人々の生活の変化」を目指すことが原点だったと捉えるべきかもしれません。それによって、単なるIT化とDXのそれぞれ意味するところをうまく整理できそうですね。

 

ならば、DXのもともとの意味にそぐうような事例には、どんなものがあるのか……。ありました。

先月(2021年11月)の話です。兵庫県の日本海側にある但馬漁業協同組合が、ちょっと面白い実証実験を行っています。内閣府の戦略的イノベーション創造ブログラムのひとつとして、慶應義塾大学、都築電気と協業するかたちで進めたのは……。

 

「香住ガニの大冒険」です。えっ、そんな童話のようなタイトルのプロジェクトの、どこがDXなのか。順番に説明しましょう。

 

香住ガニというのは但馬地方で獲れるベニズワイガニの名です。ベニズワイというのは他のカニに比べて身肉が繊細であり、品質をちゃんと保持しようとすると長距離の運搬には元来向かないとされていました。だから大都市圏ではなかなかお目にかかれない。

 

では、今回の実証実験はというと、この香住ガニを、兵庫県の宝塚市などを中心とした小売店にすばやく運んでしまおうという試みでした。獲れたばかりのカニを漁協がすぐさま水揚げして選別。そして生のまま出荷するベニズワイと、茹でるベニズワイに分けます。で、生のものもボイルしたものも、朝から午前早くに漁協の手で出荷。こうすれば、午後早めの時間帯には宝塚市などの小売店に到着します。つまり、朝茹でのベニズワイをその日のうちに大都市の消費者が食べられる。

 

いや、それのどこがDXなのか。ただ単に但馬漁協がみずからの手で配送トラックに載せることで流通を迅速化できた、という話だけなのではないか。

 

実は、ベニズワイの箱の中にセンサーを仕掛けたというのですね。輸送中の温度だけでなく、湿度、そして衝撃も随時計測したそうです。しかも、それらのデータを、小売店だけでなく消費者もが直接つぶさに閲覧できるようにした。小売店の鮮魚コーナーにQRコードを表示して、そこからスマホでアクセスすれば簡単に見られるという趣向をとったんです。

 

ベニズワイを売る小売店が品質上の安心を得られるうえに、消費者にも情報開示することで、朝茹でであり、丁寧に(でも急いで)運ばれたカニであることが明快にわかるので、もう説得力が違うわけです。

 

さらには先ほどお伝えしたように、「香住ガニの大冒険」と銘打ったことで、消費者にこの取り組みの意義がとても理解しやすくなっていますね。

 

私、いつも思っているのですが、例えばDXのような新語・新概念が真の意味で社会に浸透したか否かは、「その新語がいつしか使われなくなった」かどうかで推し量ることができるのではないでしょうか。いまや「インターネット社会」とか「ユビキタス社会」とかわざわざ言いませんよね。それと同じです。その意味ではSDGsの浸透と概念の実現は道半ばでしょうね。DXも似たようなもの。

 

「香住ガニの大冒険」は、消費者にDXの導入事例とさほど意識させないまま、難しい話を抜きにして、なにか楽しそう、なんだか美味しそう、と感じさせていますね。そこが見事と私は感じました。しかもDXによって商品の説得力を高めることに成功している。

 

今回のこの実証実験では、300パイのベニズワイがまたたく間に完売となったそうです。つまり、但馬漁協にとっても、配送業者にとっても、消費者にとっても「変化を実感できる」ものとなっています。DXは、なにをなしたいかというはっきりした目標のもとで導入すべき手段であって、その導入自体がゴールではない。そういうことを学べた事例でもありますね。

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