4 WILLを今いる場所で実現できないか一緒に考える
実際に話を聞いてみると、「人事をやりたい」という表現の中に、しばしば、さまざまな思いが見えてきます。私の知人は、とある会社の経理部長です。そこで、まさに人事希望だった部下Aさんが、経理部に配属され、Aさんの不本意な気持ちに遭遇したことがあったそうです。
そこで、思い切って、Aさんの、人事に行きたかったという思いをよくよく聞いてみたところ、
自分が、以前、会社で孤立気味になった経験から、
「会社の中の人と人をつなぐようなかかわりがしたい」
「新入社員が入ってきたときに、その不安を取り除いて楽しい職場だと感じてもらえるような役割をしたい」
と思っていることがわかったというのです。
そこで、あらためてAさんがやりたいことを、今の部署や役割の中で実現していくとしたらどんな方法があるかをたずね、さらに、本人の許可を得て、それを部署内で共有してみたのです。すると、他のメンバーから、ぜひ部署内でAさんにそんな役割をやってほしいとの声が上がりました。その結果、経理部の中で「ランチシャッフルトークタイム」や「お互いをよく知るための他己紹介ペーパーづくり」など、新しい試みが始まりました。ちなみに、Aさんはそうやって部署内でよい関係性を築き、また、この活動は次第に別の部署にも広がり、いまや会社の文化になりつつあります。
「会社は、従業員のWILLを実現する一つの器である」という考えのもと、WILLをCANに変える関わり方が体現されたケースといえるでしょう。
5 MUSTは不満と隣り合わせ
とはいえ、Aさん自身も、マネジメント側もWILLだけに目を向けているわけにはいきません。Aさんには経理業務という、やらなければならないMUSTがあります。
Aさんは経理の仕事には強い苦手意識がありました。
MUSTは、時に本人にとってはやりがいを得られず、苦手なことかも知れません。言い換えると、MUSTは不満と隣り合わせなのです。
経営やマネジメントに関わる人なら、誰かが、人事方針や業務の割り当てに不満を唱えているのを耳にしたことがあるはずです。そうした不満の声が社内に広がると、士気が下がり、休職や離職につながることも十分あり得ます。ウェルビーイング経営の真逆になります。
そして、多くのマネジメント側は、こうした不満を、仕方ないことととらえている傾向があるように思われます。もちろん、人事の裁量権はマネジメント側にあり、従業員全員の希望を同時に叶えることはできません。その結果、不満が出てくるのも仕方がないことで、むしろ当然のことです。
しかしながら、このMUSTへの不満に打つ手がないというわけでは決してありません。MUSTをCANに変えていくプロセスこそが重要なのです。
では、どうしたらMUSTからの不満に対処し、CANに変えていけるのか。まずは、MUSTからの不満の正体を探っていきましょう。
6 MUST不満の正体
MUSTに対する不満が出てくるときに、実は本人の内側に起きているもの、それは「不安」です。人は、知らないことや苦手なこと、やりたいことではないことを与えられたときに、(苦手だけど、やりたくないけど)やらなければならないという強いMUST感覚を覚えます。この時に、奥にあるのが「不安」なのです。例えば、
・失敗したらどうしよう・・・
・この苦手な仕事をやっていける気がしない・・・
・この仕事、会社では重要とされてない部署なのではないか・・・
・こんなことをやらされる自分は評価されていないのではないか・・・
・このままでは将来の見通しも暗いのではないか・・・
など、さまざまな不安が浮かんできます。
つまり、MUSTに直面したときの従業員の不満の正体は、現在と未来に対する不安なのです。便宜上、この不安を「MUST不安」と呼ぶこととします。このMUST不安を取り除くことが、何よりも大事な最初のステップです。