※本コラムは2021年7月号「ビジネス見聞録」に掲載したものです。
名前は知っているが、中身がいまひとつ分からない。そんなサービスの典型がファイナンス(金融)とテクノロジー(技術)を組み合わせた造語『フィンテック (金融工学)』でしょう。『フィンテック』はどうして重要なのか、それによって世界はどう変わるのか、マネーフォワードFintech研究所長の瀧俊雄さんにお話を伺いました。
●『フィンテック』とは何か
――クラウドファンディングや暗号資産(仮想通貨)をはじめ、様々な金融サービスが生まれていますが、そもそもフィンテックとは何かから教えていただきたいのですが。
フィンテックの定義は簡単なようで難しい。フィンテックは、ファイナンス(金融)とテクノロジー(技術)を組み合わせた造語で、金融とテクノロジーを融合させることによって新しい金融サービスをどんどん生み出していこうという意味ですが、既存の金融機関は、昔からシステム投資に熱心でした。
金融業界を対象にするベンダーがあったし、システムに対して20年越しといった大投資もしてきました。だから私たちは、ATMが休日でも快適に動くのは当たり前だと思っているわけです。そう考えると、ファイナンスとテクノロジーを組み合わせることは昔からやってきたこと。だから、「いったい、どこが新しいのか?」となるわけです。
5年前、10年前の銀行のサービスを思い出すと、新しく取引しようとしたり、振り込みのためにATMなどの情報端末を操作したりするためには、銀行の施設にわざわざ出向く必要がありました。もっとも、それは、金融機関に限ったことではありませんでした。
そうした金融サービスをフィンテック1.0とすれば、フィンテック2.0ではスマートフォンやPCなど、自分の端末を使って銀行のサービスを利用できるようになった。わざわざ銀行に行かなくて済むようになりました。今では当たり前のサービスに思えますが、フィンテック1.0から2.0への変化としては、ここがもっとも重要なポイントだと思います。
●スマホとアプリの影響
――フィンテック1.0から2.0へとサービスの質があがり便利になった理由はなんでしょうか。技術の進歩でしょうか。
それもありますが、もっとも大きな原因は、競争が激しくなったことでしょう。現在、私たちのスマホには、使う使わないは別にして、平均すると150~200種類、人によっては300種類くらいのアプリが入っていると言われています。その中で、毎日、必ず使うアプリは5~15種類。スタメンの地位を確保するために、個別のアプリケーション事業者やソフトウェア事業者は、熾烈な競争を繰り広げてきました。
そうした中で、金融だけが使い勝手が悪いといった状況は、次第に許されなくなってきたといえるでしょう。もちろん、金融取引は、顧客の大切なお金を取り扱うため、法規制などによって守られており、自由なサービスを展開するのは難しい業界ではありますが、取引の度に、同意ボタンを押したり、「あなたは本当に理解していますか」と聞かれたり、パスワードを都度入れるなど、非常に面倒です。そのうえ、多くのサイトは、操作のやり方が直感的に分からない。
単純に言えば、フィンテック1.0までは、インターネット・バンキングを用意したので、使いたい人だけ使ってくださいというカタチのテクノロジーだったと思います。そうした世界から、他のアプリと同様の熾烈な競争の世界に金融を連れていく、それがフィンテック2.0の本質なのかなと思います。
●シリコンバレー イズ カミング
――ある時から、急に「フィンテック」という言葉を耳にするようになりましたが、そのきっかけは何でしょうか。
日本も含め、世界中でフィンテックが注目され始めたのは2014年から2015年。そのきっかけのひとつは、アメリカの4大銀行のひとつJPモルガン・チェースCEO(最高責任者)のジェイミー・ダイモンさんが、2014年の年次報告書で「Silicon Valley is Coming」と書いたことです。その中に、シリコンバレーがやってきて、私たちより便利なサービスを提供した結果、私たちが不要になるというリスクを少し懸念しているといった表現がありました。
決して強い表現ではありませんでしたが、ジェイミー・ダイモンさんは、金融界のカリスマ的存在です。その彼が、テクノロジー業界が、既存の金融機関に対して、体験の面、金利などの取引条件の面、両面において凌駕してくる可能性について述べたことが大きな影響を与えたのだと思います。
彼が、そのような危機感を持つにいたった背景は、リーマンショック以後、金融機関が低所得者層などリスクが高い融資に対して臆病になっていたことです。その隙をつくように、テクノロジー系のノンバンクなどが融資をはじめました。それにスマートフォンの普及が加わり、テクノロジー系の便利な金融サービスがどんどんできていったのです。
●フィンテックの様々なサービス
――「フィンテック」は難しいイメージがありますが、具体的にどのようなサービスがあるのですか。私たちに身近なサービスもありますか?
「フィンテック」を分かりにくいと感じるのは、フィンテックだけが切り出されたサービスが少ないからでしょう。たとえば、ワンクリックで買い物できるAmazonは立派な「フィンテック」です。Amazonは、裏側でクレジットカード会社と契約することで、消費者が決済の手続きについて考えることなく自由に買い物できるのです。
だから、私たちは、Amazonで買い物しても、特段、フィンテックのサービスを利用したとは感じないわけです。タクシーの配車アプリなどは、乗ってから降りるまで支払の手続きはありません。誰にとっても支払はうれしくない。支払うにしても、面倒な手続きはしたくない。支払いに関するフィンテックのサービスが多いのは、こんな人間の心理にあるのではないでしょうか。
変な話ですが、フィンテックが発達すれば発達するほど、産業としては成り立たなくなっていくのではないかと思います。
たとえば、SUUMOのような不動産情報サービス。現在は、情報提供サービスを手掛けるだけで、実際に購入しようとすれば、銀行など金融機関でローンなどの手続きが必要です。しかし、いずれは不動産情報サービスのサイトで気に入った物件を見つけたら、購入するための一番安い金利のローン、あるいは条件に見合うローンが用意されているといった時代がやってくるでしょう。
これまでは、地域性、親の代からのつきあい、信頼、ATMや店舗の数などで取引銀行が選ばれていました。しかし、デジタル化の進展とともに、銀行とのつきあいはアプリに変わり、大半の人は金融機関に対するこだわりはなくなりました。金利が安ければ、どこの金融機関でローンを組んでも構わない。そもそも金融は面倒なので、つきあわなくて済むなら、それに越したことはない。
多くの人は、こんな風に考えるでしょう。融資、決済だけではなく、送金、投資、交換をはじめとした様々な金融サービスが、さらに内包されていくと思います。
●IT企業がフィンテックに期待するもの
――IT企業と金融機関はカルチャーが非常に違うようなイメージですが、どうしてフィンテックの世界に参入するのでしょうか。
モノを売りやすくなるからです。たとえば、多くのIT企業にとって、広告は大きな収入源です。購買に結び付いて初めて収入になるモデルの場合は、決済だけではなく、融資の機能がついている方が、より売りやすくなります。それは広告に限ったことではありません。
つまり、金融で儲けようとしているのではなく、必要としている人に、より早く、よりスムーズに販売できるように金融サービスを付加しているのです。ちなみに、金融は、儲かるどころか、儲からないビジネスになりつつあります。融資ビジネスは、経済が成長している時代は必要ですが、縮小している時代は、需要は減ってきます。融資の価値が低下していることの表れがゼロ金利やマイナス金利なのです。
極端にいえば、ビジネスは金融の外にしか存在しないのです。例外的に、暗号資産(仮想通貨)でギャンブルをしたり、外貨などを相場より安いから購入するとか、取引のための取引みたいなものが一部存在します。こうした例外がフィンテックを分かりにくくしているのかもしれません。
原則は、お金はモノやサービスを購入するために使われ、本質的な利益は、そこから生まれるのです。利益の一部は金融機関にちゃんと流してあげる。一般に、このような感覚でフィンテックは進展しています。
●中小企業のフィンテックの導入
――フィンテック導入への取り組みに熱心なのは、どういった企業でしょうか。
取組みが早いのは、若い中小企業ですね。例えば、こうした企業のクラウド会計ソフトの利用率はかなり高い。クラウド会計ソフトには、様々なフィンテックの機能があります。
それに対して、歴史ある中小企業における導入はなかなか難しい。長年担当している経理担当者がいたりして、これまで使っていた会計ソフトを変えたがらない。面倒だし、仮に税務計算を間違えたりしたら大変だからです。クラウド化すれば、暗黙知が形式知に変わり、担当者以外でも同じ作業ができるなどメリットは沢山ありますが、「うちはとくに困ってない」となるわけです。
サーバーを借りて、保守する前提で、そこにシステムが組まれている場合は、リモートワークできない人たちがでてきます。コロナ禍の下、リモートワークをするためクラウド化に取り組むところは増えてきました。クラウド会計ソフトには、弊社の「マネーフォワード クラウド会計」、フリーの「freee」、弥生の「弥生会計オンライン」をはじめ、様々な種類があり、様々なフィンテックの機能がついています。
たとえば、「マネーフォワード クラウド会計」は、銀行の口座から取引内容を自動で取得して、自動記帳して、指定の場所にメールで送るといった機能があります。仮に数店舗展開するパン屋さんであれば、お店のAirレジ(POSレジアプリ)と連動していて、どの店の売上が順調で、どの店が不振といった情報が会計レベルで入ってきます。
また、経費精算では、カードを使ったり、領収書をスキャンしたりすることで、入力の手間を省けるようになりました。LINE Payなどを利用すれば、リアルタイムで送金の処理が可能です。クラウド会計が非常に広がったのは、軽減税率が導入された時。来年はインボイス制度が導入されるので、それを機に、再びクラウド会計が広がるのではないかと業界では期待が高まっています。
●今後のフィンテックサービス
――今後、フィンテックサービスは、どのように広がっていくのでしょうか。世界のやり方がひとつのやり方に集約していくのでしょうか。
個人向けの金融サービスについては、これまで世界的に成功した例は、VISAなどクレジットカードくらいしかありません。大銀行のシティバンクでも、みずほ銀行でも、海外で大成功した例はいまだありません。
金利が高い国があったり、低い国があったり、そもそも経済環境も違う。それぞれの文化や景気などを活かして、国ごとにユニークなクラウドサービスが発展していくのではないでしょうか。 (聞き手 カデナクリエイト/竹内三保子)
真子 博(まさご ひろし)
情報通信総合研究所 社会公共コンサルティング部上級コンサルタント。科学技術政策動向に精通し、国家プロジェクト、自治体のICT化、教育のICT化等に関するコンサルタント業務に従事。文部科学省出身。国立大学法人東京工業大学研究推進部長、内閣府政策統括官(科学技術・イノベーション担当)付参事官補佐(国際総括)、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)総務部参事などを経て現職。山形大学客員教授も兼務。
※本コラムは2021年7 「ビジネス見聞録」に掲載したものです。