著名な国際弁護士バーバラ・ハウザー氏は世界の資産家ファミリーのよき相談相手である。
得意分野は相続やファミリーガバナンスで、しばしば国際会議でも演者として活躍している。
私の長年の友であるその彼女が「もうすぐ出版するの」 と言って本の下原稿を送ってくれた。
米国、フランス、サウジアラビア、インド、日本そしてアメリカンインディアン、
ナバホ族における資産相続の比較検討を試みた大作である。
原稿の冒頭で彼女は各地域における相続失敗例に言及している。
米国の失敗例としては、ハイアットホテルグループ始め多くの企業のオーナーであり、
優秀なファミリービジネスの受賞に輝いたPritzker家をあげている。
強大な権力を有した家長の死後ファミリー内に権力闘争が起こり、
互いを訴え合い、結果米国でも有数な巨大ビジネス帝国は切り刻まれていく。
このように 強大な家長の死を契機に崩壊していくケースは枚挙にたえない。
フランスからは、大手広告代理店Publicis相続人姉妹が「自社株を売るかどうか」について争ったケース。
サウジアラビア経済界を揺るがした姻戚関係にあるAl-SanaeとAl-Gosaibi家の紛争。
一方が「100億ドル盗まれた」と提訴するのだが、これを機にサウジアラビアにおけるファミリー ビジネスの
「内部情報の開示、意志決定の透明性」等が問題提起される。
インドの最もリッチなファミリー、Ambani家のケースでは、父親の死後息子のMukeshとAnilは会社を分割するのだが、
Anilの会社操業に必要とされるガスの供給をMukeshが拒否。裁判で争われる。大財閥であるだけにこのゴタゴタは
国の経済にまで影響を及ぼすことになった。
さて日本の失敗例だが、どうもNYで有名になった事例のようで私自身は聞き及んでいない。
モービルビル、およびその他約10億ドル相当の不動産をNYや東京などに
所有していたHonzawa兄弟のケースが挙げられている。
兄が弟に対し、父親が死の直前に残した「自分を相続人と指定した遺言」を盗んだと訴え、
これがNY、香港、東京、リヒテンシュタインなどで争われたようである。
バーバラはこれらの失敗例は、「ファミリーガバナンス、ファミリー内の意思決定メカニズム」が
しっかり制度化され厳格に守られていたらすべて防げたはずだ と主張する。
遺産分割の成功例として彼女はアメリカインディアンのナバホ族を挙げる。
資産のある人が亡くなると、一家全員をよく知っているナバホ部族会 (Council)のメンバーが
家族全員と協議のうえ公正な分配を決めるのでもめ事は起こらないとのこと。
ファミリー企業においては、相続問題の失敗は単にファミリー内の問題に止まらず、
会社を巻き込み、時に国にも大きな影響を及ぼしてしまう。
紛争を未然に防ぐためにはファミリーガバナンスが必要だし、
「主要な事項は家長のみならずファミリー全員で決めるという姿勢が大切だ」というのが彼女の主張である。
榊原節子