金沢市に本社を構える今村証券という小さな地場証券がある。大規模な金融市場においてはパワーゲームが主体をなし、なかなか個々の小さな企業が特徴を打ち出すことは難しい。その中にあって、明確なビジョンを持って、着実にファンを広げているのが今村証券である。
同社の経営の大きな特徴は独立独歩の経営という点である。証券界は1980年代末にバブルがはじけて以降、失われた25年の間に多くの証券会社が退出し、あるいは大手金融機関の傘下に入ることを余儀なくされた。その中にあって同社は他の証券会社や銀行などからの出資を仰がない数少ない証券会社の1社である。しかも、財務体質は強固であり、2016年3月末の自己資本比率は58.5%と、非常に高水準である。ちなみに野村證券は6.7%、松井証券は14.0%である。
また、社員数183名と少数精鋭であり、新卒者をじっくり育てる体制を整えている。多くの地場証券、中小証券が失われた25年の間に高齢化が進んだのとはかなり対照的である。
加えて、同社は小規模企業でありながら、コンピュータの独立も成し遂げている。つまり、9名のシステム要員を抱え、システムの構築から運用まで、自社で運営する数少ない証券会社である。金融機関にとってシステムは企業経営の根幹ではあるが、コストがかかることからアウトソーシングする企業も多い。システム要員を自社で抱えることで、新商品をいち早く取り込めることから、メリットは極めて大きい。
日本の証券会社を取り巻く環境はバブル崩壊以降の25年間でまさに様変わりとなった。最も大きな変化は、ネットトレーディングの普及によって、証券会社の個人向けの窓口営業が大きく縮小したことである。いち早く、その変化を先取りして、大手に伍して戦い、成功した企業が松井証券である。
そのような市場の動きの中で、本来あるべき証券会社の機能としての資産運用コンサルタントを行える証券マンがほとんどいなくなってしまっている。同社では高学歴の大卒社員をコンスタントに採用することで、資産運用コンサルタントを行える社員を多く養成している。
同社では日本の銀行が行う間接金融と証券会社が行う直接金融の影響力の格差は異常であり、特に地方においてはあまりにアンバランスと考えている。そこで、早い時期に預かり資産規模を増やして、やがては地銀と肩を並べる存在になるという明確なビジョンを持っている。
有賀の眼
証券会社ばかりではないが、市況変動に影響を受ける企業は、よほど気持ちをしっかり持っていないと経営のビジョンや方向性が簡単にぶれてしまうものである。それは必ずしも、行った経営戦略が、明確な形で結果として出ないことが多いためである。つまり、経営努力よりも市況変動の方が、短期的には業績を大きく動かしてしまうことによる。その結果、優れた経営者が現れにくいのが、市況産業の性である。
その点、日本では主流ではない間接金融で、しかも地方にありながら、しっかりと目指すべきものを持っている経営を行っている点は極めて評価できよう。
確かに、市況産業は数年タームで見た場合、経営の巧拙が結果の差になることはあまりない。しかし、長期で考えた場合には、実は極めて大きな差となって表れるものである。そのような点において、同社のようにしっかりと長期のビジョンを持ち、かつ着実に目の前のことに対応するということは実は極めて重要なのであろう。その意味において、同社の経営は参考になる点が多いのではなかろうか。