人間学・古典
第三十五話 「山中の賊を破るは易く、心中の賊を破るは難し]
“山中の賊を破るは易く、心中の賊を破るは難し”
これは、明の王陽明が各地の匪賊討伐に当たっていた時に門人の一人に送った手紙の中の一文とされている。
“私が取るに足らない匪賊をすべて取り除き得たからといってなんで大手柄などというに足りましょう”。
もし君たちが自分の心服の中にわだかまる“人欲”という賊を一掃し、きれいに平定し得たとするなら
それこそ大丈夫としての稀に見る信業というべきであると。
なるほど私が銀行での駆け出し時代、古武士然とした先輩から“井原君。君は仕事も良くやるし勉強にも熱心だが、
これを邪魔する悪者もいる。この悪者は君の心の中に巣くって、これからの前途を妨げ続ける。
この点だけはよく覚えておくんだな”と言ってくれた。
その悪者とは人間の肉体を毒する細菌より心を毒する邪念邪教といえるだろう。
私が三十才台の10年間を中国先賢の書物から学ぶことに決めたのは、この先輩の忠言に従ったからである。
いま私は“九十七歳の長寿挑戦”の本を執筆中だが人間が天寿を全うすることなく死を招く理由は
自分に負けるからではないか、己の過ぎたもろもろの欲を押さえつける強い意志があれば、
あの世に誘う鬼も二の足を踏むことになるだろう。
老子は“人に勝つ者は力あり、自ら勝つ者は強し”と述べている。すなわち他人に勝つ者は力はあるだけだが、
自分の欲望に勝つ者は、真の強者である。と。
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※一部旧字を現代漢字に変更させていただいております。 |