今回のまとめ
以前から一貫した傾向ですが、内部通報窓口に寄せられる相談は、『ハラスメント、特に、パワハラに関するものが大部分を占める』という実態があります。
ところが、パワハラであると認定し、行為者を懲戒処分するような酷い事案が相談されることは、かなり稀なことであるようです。相談の大部分は、判断と対応が難しいグレーゾーン、いわゆる「感じるパワハラ」であることが多いのです(だからと言って、真正のパワハラが起きていないとは決め付けられませんが、酷い事案であればあるほど、窓口への相談さえも難しいと推測されます。)。
したがって、パワハラを内部通報窓口へ通報しても、通報者は、「調査を実施しましたが、パワハラとは認められませんでした」という調査結果を受け取ってがっかりし、会社への不信感を募らせて終わる、といったことが頻繁に起きています。
たとえ「感じるパワハラ」であっても、通報者は現に行為者による好ましくない言動に傷つき、思い悩んでいます。また、行為者の業務の指示や指導の方法をより良いものへ改善すべきであるにもかかわらず、公益通報者保護法を遵守するために設けられた内部通報の厳格な手続きに乗せることによって、かえって当事者の教育やカウンセリングが行われ難くなっているのであれば、問題ではないでしょうか。
内部通報制度は、法務やコンプライアンスの担当者が担うことが多いですが、このような教育やカウンセリングは、人事や産業保健の担当者こそが適任でしょう。
このたび改正公益通報者保護法によって通報者の保護や体制の厳格化が図られたことで、内部通報窓口でハラスメント相談を受け付けることの課題が顕在化してきていると感じています。
罰則付きの守秘義務を課される従事者に指定された内部通報制度の担当者は、相当なストレスにさらされます。万が一にでも通報者の特定につながり得る情報が漏洩すれば、担当者は通報者から刑事告訴されるリスクがあるからです。特に、ハラスメント事案においては、被害者が通報者になることも多く、その場合、加害者や関係者にヒアリング調査をすれば、ヒアリング内容から、当該調査が通報をきっかけにしたものであると示さなくとも、通報があったこと、そして被害者が通報したことが事実上、分かってしまうケースが多々あるため、通報者に対して、ヒアリング調査の過程で通報者が特定されるリスクがあることを丁寧に説明したうえで、通報者に調査をどの範囲で進めるかについて(どの関係者であれば、ヒアリングをして良いか等)、逐一、協議して同意をしてもらったうえで、調査を進めることが推奨されています(注2)。
公益通報者保護法が定める対応プロセスは、確かに、被害者のプライバシーを保護する観点からは、丁寧で慎重なプロセスではありますが、当事者が申し立てている事実関係の信用性を見極め、その職場の業務運営や人間関係の実状を的確に把握するために必要な調査の機動性や対応の柔軟性が制約されることは否めません。
そもそも、公益通報者保護法が定める公益通報の対象となる法律の中には、ハラスメントの相談窓口の設置等の防止対策を求める法律(例えば、パワハラについては労働施策総合推進法、セクハラやマタハラについては男女雇用機会均等法、ケアハラについては育児介護休業法)は含まれていません。暴行罪や強制わいせつ罪のような刑法犯が成立するような重大事案であれば、内部通報窓口で公益通報の対象とせざるを得ませんが、そうでない限りは、内部通報窓口では受け付けないこととすることも許されます。
このようなことから、内部通報窓口では、ハラスメントに関する通報は受け付けないことへと内部通報規程を改め、内部通報窓口とは別に、たとえば人事や産業保健が担当するハラスメント相談窓口を設けることも一考に値するのではないでしょうか(注3)。
=================================
(注)
- 公益通報者保護法、同法に基づく指針(令和3年8月20日内閣府告示第118号)、同指針の解説(令和3年10月消費者庁)等においても、300名以下の組織で任意に指定された公益通報対応業務従事者の守秘義務違反には、罰則の適用がないことを明確に述べるものは見当たらないようです。
- 東京弁護士会公益通報者保護特別委員会コラム「改正公益通報者保護法において、事業者側に課せられる守秘義務について」(2021年5月号)
https://www.toben.or.jp/know/iinkai/koueki/column/20215.html
- ハラスメント相談を受け付ける窓口担当者が、相談者の気持ちを受けとめながら、相談者の訴える事実関係を客観的に聴取することは、簡単なことではありません。数多くの失敗パターンから学ぶことによって、汎用性のある型と本質を踏まえた基本姿勢を身に付けることができるでしょう。あくまでもご参考としてですが、ハラスメント相談窓口の担当者がe-ラーニングで受講できる研修『相談者対応のすべてがわかる!ハラスメント相談窓口担当者研修』(株式会社鳥飼コンサルティンググループ)があります。
https://torikaicg.com/harassment/
執筆:鳥飼総合法律事務所 弁護士 小島健一
2