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第112回 四万温泉(群馬県) 湯治効果の高い「共同浴場」と「飲む温泉」

高橋一喜の『これぞ!"本物の温泉"』

■3つの無料の共同浴場

 群馬の名湯・四万温泉には、観光客も無料(寸志)で利用できる共同浴場が3つある。そのうちのひとつ、「河原の湯」を訪ねた。その名のとおり、清冽な四万川の畔にある。石積みのがっちりとした外観が特徴だ(2024年2月現在、メンテナンスのため一時休業中)。

 浴室内も石づくり。照明が暗めなので、ちょっとした洞窟のようだ。湯気による熱気もすごい。3人くらい入ればいっぱいになってしまう小ぶりの湯船には、先客のおじいさんが一人、気持ちよさそうに浸かっていた。

 おじいさんいわく、20年前から毎年、四万温泉にやってきて数週間の湯治に励むのが習慣なのだという。「四万温泉の中でも、河原の湯がいちばん効くんだ」と少し誇らしげに教えてくれた。お年寄りとしては張りのある肌を見せつけられると、あながち大げさではないような気がした。

 たしかに、他の四万温泉の湯とは少し印象が違う。四万にある40以上の源泉の多くは、さっぱりしっとりとしたシンプルな入浴感だが、河原の湯はもっとガツンとした印象。口に含んでみると、他の湯よりも塩味が濃く、おまけに鉄っぽい苦味もする。まったく別物である。

 正式な泉質名は、「ナトリウム・カルシウム‐塩化物・硫酸塩泉」。泉質名だけでいえば、他の源泉と一緒だ。しかし、同じ温泉地に湧く、同じ泉質の湯でも個性が違う。源泉によって、微妙に成分のバランスが異なるのだろう。これだから温泉はおもしろい。

■三大胃腸病の名湯

 四万温泉は飲泉の名湯としても知られる。「四万の湯は、飲めばもっと効く」。昔から、「日本三大胃腸病の名湯」に数えられており、温泉街にも飲泉所が数カ所設けられている。わずかな塩味と苦味を感じるくらいで、あまりクセがないのが特徴。グビグビと飲める。

 もともと四万温泉は、江戸時代から病気療養をする湯治場として栄えてきた温泉地。「四万の病を治す」ことから、四万温泉と名づけられたという説も残るほどだ。今でこそ若者が好みそうなデザイナーズ系の温泉宿も増えているが、昔から療養を目的とした人々が集まる素朴な温泉街だった。
 
 時代に合った新しいニーズを取り入れつつも、湯治場の雰囲気をいまだ残しているのが四万温泉の魅力だと思う。射的屋やスマートボール屋、老舗のそば屋などが並ぶ「落合通り」という素朴な風情の路地に、当時の名残を垣間見られるのもうれしい。
 
 河原の湯をあとは、共同浴場「御夢想の湯」にハシゴ湯。温泉街の最奥にある御夢想の湯は、1000年以上前から湧出している古湯で、四万温泉発祥の湯とされている。
 
 すぐそばには、国の重要文化財に指定されている「日向見薬師堂」が鎮座。病気に苦しむ人を救う薬師様が祀られている薬師堂は、茅葺き屋根の可愛らしい外観だが、室町時代の建築様式を今も残す歴史的建造物である。

 薬師堂の目の前にある「お籠堂」に、病を抱える湯治客が閉じこもり、心や体を清めてお祈りをしたという。つまり、この場所は四万の湯治文化の原点でもある。

■ピュアな湯がかけ流し

 御夢想の湯は、三重に屋根が重なった立派な木造の建物。うれしいことに、ここも寸志で入浴できる。無人の浴室には、2人入ればいっぱいになってしまう小さな湯船がひとつ。黒御影石をくり抜いた湯船は重厚感があり、共同浴場としては贅沢なつくりといえる。

 少し熱めの透明湯が惜しみなくかけ流しにされている。四万らしいシンプルな湯だが、とてもピュアで、体にスーッとなじむ感じ。肌が喜んでいるのがわかる。

 薬師堂で湯治に励んでいた当時の人々も、温泉の効能を信じて、このすばらしい湯に浸かっていたのだろう。どれだけの数の人が、四万の湯からパワーをもらい、救われてきただろうか。湯船からあふれ出していく湯をぼんやりと眺めながら、「自分も体の調子が悪くなったら、この地で湯治をしよう」と考えていた。

 

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