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人事・労務

第12話 スムーズな事業継承のために賃金人事制度を構築

「賃金の誤解」

 それは、今から13年前の話です。ある日、見るからにスポーツマンタイプの元気な青年が当研究所に給与制度の相談に来られました。
 
 交換した名刺には会社名と本人の名前があるだけで役職名がありません。仕事柄、お会いする方の大半は社長あるいは人事の担当役員ですから、タイプの違う32歳の青年の来所に違和感を感じつつ、お話を伺うことになりました。
 
 彼の話によると、来所を決断するまでの経緯は以下のようなことでした。
 
 「私は3ヶ月前まで銀行に勤めていたのですが、社長である父から話があるからと、急に呼び戻されたのです。それまで父は元気でしたから想像もできなかったのですが、すい臓にがんが見つかったとの事、余命半年と医師に告げられていたのです。今まで大切に育ててきた会社をどうすべきか、創業者である父は親しい人にも相談したりしながら、考え抜いて「まだ若すぎるのだが、それでも銀行員の長男を呼び戻して、継がせるしかない」。と決断していました。」
 
 社員数30名弱の金属加工の会社であり、永く勤める叔父さん、叔母さん、親族が仲良く仕事に励む典型的な同族企業でした。
 
 そこで彼は考え、会社を引き継ぐにあたって条件を出しました。「社外にいた自分が突然、二代目を引き継ぐからと言っても、創業社長と共に努力してきた叔父さん、叔母さんを動かすことは難しい。みんなに安心して仕事に専念してもらうためにも納得性の高い賃金制度が必要だと自分は考えます。先日賃金セミナーで講義を受け、これだと確信した賃金管理研究所まで相談に行かせて欲しい」。
 
 彼の申し出を聞いた創業社長は「俺がずっと苦労してきた給料のこと。お前が言うほど単純なものではないぞ」。病院のベッドで目を合わせず、壁を向いたまま、彼の東京行きを許してくれました。
 
 そんな事情があって賃金人事制度と成績評価制度を導入。以来13年、彼が引き継いだ会社は好業績を続け、今では従業員70人を超えています。リーマンショックも乗り越え、満を持して中国に事業展開するまでになりました。
 
 「あの時、真っ先に分かりやすく、運用しやすく、永く使える賃金制度を導入し、みんなの信頼が得られたからこそ、古い時代のしがらみに縛られることなく、順調にやって来れました」。制度導入以来、賃金セミナーに毎年参加し、正しい運用にこだわってきた彼も45歳になりました。今では周囲から一目おかれ、実力社長と評されています。
 
 それにしても、社長の仕事を突然引き継がなければならなくなった時点で、完成度の高い賃金制度の導入を決意し、人事権の掌握を進め、スムーズな事業継承を成し遂げた彼の先見力と実行力には今更ながら感服させられます。

 

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