ある先輩から、
「管理職、それも上級管理職になると“コヒコクの危険”があるぞ」 と、脅かされたことがある。
それは何かというと…(コ)交際費、(ヒ)秘書、(コ)個室、(ク)車 といった、
管理職だけに許される特権とでもいうべきいくつかの付加給付(コ・ヒ・コ・ク)が危険だ、というのである。
おおかたのビジネスマンにとって、これらはある意味では目標であり夢でもあるだろう。
ビジネスマンである以上、出世の階段を昇っていくことは、
とりも直さず、これらの“特権”をわが手におさめることになるのであるから。
しかし、夢は一方で、“危険”ともなり得るというのである。
彼によれば、こうである、
(1)交際費…だんだん社費を遣うのに慣れ、感覚が麻痺し、しまいには私金と公金の
区別がつかなくなる。身を誤る危険性をはらんでいる代物だ。
(2)秘書……自分自身で何もやらなくなるので、次第に、コピーの一枚もとれなくなる。
航空券の予約など論外だ。
もちろん、職務上はそれで構わないが、ひとたびその職から離れた時の淋しさは…。
(3)個室……本音の情報が入りにくくなる。
現場から離れた世界であるため、どうしても自分の都合のよい(脚色された)情報だけが
入ってきがちで、ナマの本音から遠ざかりやすくなる。
私自身、時間の許す限り外部との接触を絶やさぬようにしているが、それでもまだまだ
不充分であることは、自分が一番わかっている。
(4)車………車を頻繁に使うので足が弱まり、老化が早まる。
街や市場の空気から遠ざかり、足元の景気を肌で感じることができなくなる。
そして全体を総合しての最大の危険は、自分が本当に偉くなったような誤解と錯覚を持つようになる。
“コヒコク”に代表されるステータスというのは、すべて諸刃の剣である。
私は組織の中のポジションなどというものは、しょせん“浮世の義理”であり、“仮の約束事”だと思う。
ポジションとか、それに伴う付加給付とかは、私自身の本質的価値とは無関係なものとして、
何時なくなってもよいように心の準備をしている。
ビジネスマンの夢を無残に打ち壊すつもりはないが、
何時もこれくらいに醒めていてちょうどよいくらいで、溺れてはいけないのである。
『人生の成功者』とは、ステイタス・シンボルの有無に関係なく、会社を離れた自分とバッタリ会った昔の知り合いが、
「やあ、新さん久しぶりですね。どうで す、一杯飲りませんか」と誘ってくれるような人のことだと私は思う。
ちなみに、「コヒコクの危険」を私に教えてくださったのは、我国でただ一人の「加齢評論家」であった故・福田常雄先生だ。
84歳でお亡くなりになるまで、「永遠の青年」を貫き通した大先輩である。
新 将命