私は、みごとな「降格人事」という屈辱的な体験を、三度もしている。
一度目は、シェル石油時代のことだ。同期トップをきって本社の課長になったのもつかの間、上司とケンカをし、
アッと云う間に支店の課長に格下げされた。
二度目は、日本コカ・コーラ時代である。この時も上司とケンカをしたのがアダになり、本社の部長であったのが、
地方支店の次長に降ろされるという、ジェットコースター並みの急降下を経験した。
三度目は、日本サラ・リー時代。アメリカ本社の会議の席で、本社社長以下十数人を前にして、「日本サラ・リーの
責任者は私だ。そんなことは日本では通らない。私が社長をやっている以上は、そんな理不尽なことは認めない!」
と、机を叩いて怒鳴った。
一ヵ月後には、私が社長の席を追われてしまった……。
ところが……である。
三度とも私は、比較的早く、リカバリー・ショットを打つことに成功している。
誰が見ても明らかな降格人事を食らった場合、周囲は、その人がとる態度を興味津々で見つめているものだ。
しかも、「あいつはブーたれるだろう」とか、「がっかりして、ろくな仕事もしないだろう」というような、
ちょっと冷たい期待を込めて…。
私は、意地でもそんな「期待」に応えるものか、と思ったものだ。それでは、負け犬になる。
まず、降格を受ける前の最低二倍は働くことにした。
さらに、努めてニコニコと、シャキッと胸を張り、明るい態度をとるようにした。
もちろん、聖人君子ではないから、ニコニコしようとしていても、ついつい顔がこわばりそうになる。内心では、
夜も眠れないほど悔しい思いを抱えているのだ。
だが、だからこそ、ここが踏ん張り時だとがんばった。
笑顔の方は、「タイム・マネジメント・コース」というセミナーで取得したスマイルカード(自分の顔を映せる
銀色のカード)を手元に置き、しょっちゅう表情をチェックし、にこやかな表情を保つようにしていた。
その結果、半年~一年以内に、降格人事を受けたときのポジションを上回る仕事に、返り咲くことができたので
ある。
この経験から、私は三つのことを学んだ。
ひとつは、「世の中、見る人はちゃんと見ている」ということだ。
ふてくされずにがんばっていた私を見て、先輩が「もう一度、チャンスをやろう」といってくれたのだ。
もうひとつは、「ピンチはチャンスだ」という言葉は、本当だということだった。
降格人事ほど、人の目が自分に集まる時はない。だからこそ、考えようによっては、前向き人間だということを
アピールする絶好のチャンスではないか。
三つ目は、自分が部下を持つ立場になってから分かったことだが、同じ反論でも、「反感をもつ反論」と
「もっともだと思う反論」があるものなのだ。
若い間はついつい、「オレの方が現場を知っている」とばかり、生意気な態度をとってしまうことがしばしばある。部門全体が見えていないこともある。
上司は、部門全体の流れや動きを視野に入れて、采配をふるっている。部下はその上司のサポーターなのだ。そのスタンスに徹することも大事なことだ。
力に屈するのではない。それぞれの立場と役割りを認識するということだ。
その方が仕事はうまく進み、上司との関係も好循環になることが多い。
いまの仕事をマネージできない人は、一段上の仕事に就いた時に、それをマネージすることはできない。