●普及のポイントはICタグの価格
――無人レジを普及させていく為に解決すべき課題は?
一つはICタグの価格の問題です。現在はICタグ1枚あたりの価格は、10円から20円程度だと言われています。
商品単価の低い商品に貼付するのは、コスト面で非現実的だと言えるでしょう。経産省の「コンビニICタグ1000億枚宣言」でも、 ICタグの低価格化がロードマップの中で掲げられており課題認識されています。
二つ目は、ITリテラシーの問題でしょう。無人レジを操作するのは顧客なので、中にはうまく使えない人もでてきます。
特に、IT機器にほとんど触れたことがない高齢者などにとっては使用が困難かもしれません。そこで、横についてやり方を教えるサポート要員、言いかえれば顧客に対する教育係が必要になってきます。
つまり、無人レジの導入で従業員に対する教育コストを削減できますが、今度は顧客に対する教育コストが必要になるわけです。
三つ目は、キャッシュレス化でしょう。 買い物情報を取り込む無人レジは、 店舗と顧客を繋ぐプラットフォームの役割を果たします。
キャッシュレス化が進めば、顧客に関するデータと購買履歴データを正確にかつ効率的に紐づけることができるようになり、それを製造業者から物流会社、小売店などでビックデータとして共有することも可能になります。
ところが、国際的に見ても日本のキャッシュレス化は遅れています。
日本のキャッシュレス化が遅れている一つの原因は、ATMがいたるところにあって、現金決済に困らないことが挙げられます。
必要な時にいつでもお金をおろすことができるし、「現金お断り」の店舗もほとんどないため、わざわざ現金以外の決済手段を持つ必要はなかったわけです。
また、現金を持ち歩いても強盗に遭う心配がないという治安の良さも、キャッシュレス化の遅れにつながっています。もっとも、海外でも、完全にキャッシュレス化が浸透しているわけではありません。
低所得者を中心にクレジット・カードや銀行口座を持つのが難しい人がいるためです。もし、「現金お断り」の店舗ばかりになれば、低所得者が排除されてしまうことが懸念されます。
ニューヨークにある「Amazon GO」は、無人店舗であっても社会的な要請で現金を取り扱っています。
●無人レジで行列のストレス解消
――実際に無人レジを導入、あるいは検討している店舗の目的は何でしょうか。
大きく分ければ、「レジ業務の効率化」「衛生面の対策」「人手不足への対応」の三つに絞られるのではないでしょうか。
人口の多い地域では、夕方や週末にはレジの前に長い行列ができることはよくあります。行列は顧客のストレスだけではなく、従業員のストレスも高めます。
急がなければというプレッシャー、お釣りの間違いや現金紛失の心配などがあるからです。レジ業務をやりたくないと敬遠する従業員も少なくないようです。
そのため、顧客の待ち時間を少なくすることに加え、従業員満足度を向上させる観点からセルフレジを導入するところもあります。
飲食店や食品を扱う店舗では、衛生面での対策という観点も加わります。日本では海外に比べて紙幣や硬貨は清潔な状態が保たれていると思いますが、レジで従業員が現金を触っていると、やはり不衛生に見えてしまうのは否定できません。
最も多い動機は、言うまでもなく人手不足問題を解消するためです。セルフレジにすれば、レジ業務の担当者を別の業務に配置転換したり、スタッフ数を減らしたりできます。
合わせてキャッシュレス化に取り組むことで、お金を数えたり、レジに打ち込まれた売上と合っているのか確かめたりするレジ締めの作業時間が大幅に短縮されます。
ある大手レストランでは、30分かかっていたレジ締めの作業が、キャッシュレス化によって数分にまで短縮しました。
●無人レジはチャンスロス?
――無人レジが向いている店舗、向いていない店舗というのはあるんでしょうか。
ありますね。まず、一見客が多い店は無人レジには向いていないと思います。 無人レジは色々な方式があるので、頻繁に訪れることのない顧客は、その使い方を覚えることに躊躇するのではないでしょうか。
いつまでたっても 、無人レジの使い方をサポートする担当者が必要になり、業務効率化の効果が限定的になります。
それに対して近所のスーパーなどリピーター客が多い店舗では、顧客の大半が無人レジの使い方をマスターすることが想定されるので、無人レジの導入は効率化に結び付きやすいでしょう。
一方で、顧客対応の時間を確保する観点で無人レジの導入を渋るケースもあるようです。
お金のやり取りは顧客とのコミュニケーションをとる大切な時間になっていて、そこを効率化してしまうと大きなチャンスロスになるというわけです。
一方で、無人レジの導入によって、使い方を説明するなどで顧客サポートの時間が増えると捉えている方もいるようです。
商品、地域、店の規模などの組み合わせによって、顧客のロイヤルティ向上のために最適解は変わってくるのはないかと思います。
最も影響するのは企業規模ではないでしょうか。無人レジの導入にはそれなりのコストがかかるからです。大企業の場合は、そのコストをカバーできるぐらいに業務効率化や生産性向上が期待できます。
さらに、購買履歴のデータなど収集したビッグデータをマーケティングなどに活用することもできるでしょう。それに対して中小企業は、そもそも従業員の人数も少なく、事業の規模も大企業に比べて小さいので、人件費削減や生産性向上の効果は相対的に小さくなります。
例えば、家族経営の小さな店では、人件費の削減は難しいでしょう。顧客のほとんどが近隣の顔見知りばかりなのであれば、顧客の購買履歴を高額なコストをかけて分析してもあまり意味がないのかもしれません。
顧客の方も顔見知りの店主に自分の消費行動を知られたくないといった感情もあるかもしれません。中小企業にもメリットを享受できるような解決策を提示していくことが、日本全体でICタグの普及やキャッシュレス化を進めていくための今後の課題でしょう。
ICタグの事例ではありませんが、中小企業のレジの無人化・キャッシュレス化の成功例としては、ベーカリー用のシステム「ベーカリースキャン」が有名です。
ベーカリーの業界ではパンの種類が豊富なほど売上が上がるそうですが、レジ係の従業員は多くのパンの名前や価格を覚える必要が出てくるため、パンの種類や価格を教育するコストが問題になります。
ベーカリースキャンのセンサーは、トレーにある数種類のパンを識別して、それぞれの価格を画面上に提示できるので、従業員の教育コストだけではなくレジ作業の効率化も期待できます。
また、値札を貼るためのパンの袋詰め作業も削減できるし、従業員がお金を触った手でパンに触れることもなくなるので衛生面の問題も解決できます。
●レジは情報収集のツール
――最後に、これからのレジの役割を教えてください。
AIやIoTなどの進化によって、ビッグデータの利活用の可能性が広がり、データの重要性は高まってきました。こうした時代の要請からICタグを利用した無人レジやキャッシュレス化に対する期待が膨らんでいます。
レジのキャッシュレス化が進めば、レジを通じて、誰がどこで何をどの程度購入したのかという正確なデータを集めることが容易になります。
近い将来は、集めたデータを自社のマーケティング施策として活用するだけではなく、データそのものやデータ分析結果を他社に売却することで収益を得られるように環境が整備される可能性もあります。
もちろん、顧客サイドから見ると個人情報が容易に集められることを懸念する人もいるでしょう。データ活用について顧客に理解を求めていくことも重要になってくると思います。
(聞き手 カデナクリエイト/竹内三保子)
福本 勇樹(ふくもと ゆうき):金融研究部 主任研究員・年金総合リサーチセンター兼任。2005年4月 住友信託銀行株式会社(現 三井住友信託銀行株式会社)入社。2014年9月 株式会社ニッセイ基礎研究所 入社。2018年7月より現職【加入団体等】日本証券アナリスト協会検定会員。
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