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人間学・古典

第42回 「歌舞伎における『襲名』とは」

令和時代の「社長の人間力の磨き方」

 十一月、十二月の二か月にわたり、歌舞伎座で十一代目市川海老蔵が、代々伝わる「市川團十郎」を十三代目として襲名し、親子共々賑やかな「襲名披露興行」が行われている。これを機会に、日ごろチャンスのない歌舞伎鑑賞に足を運ぼうか、と考えておられる方もいるだろう。

 

 古典芸能では歌舞伎以外にも、先代、あるいは代々伝えられている名前を名乗り、「襲名」を行うものがある。能楽、人形浄瑠璃(文楽)、落語、日本舞踊、長唄や常磐津などの邦楽などだろうか。また、演劇では稀な例ではあるものの新派、松竹新喜劇などで襲名が行われることもある。歌舞伎、新派、松竹新喜劇はいずれも松竹が運営しているもので、江戸時代から歌舞伎に伝わる襲名のシステムを、自社の他のジャンルに広げたものだと考えればよいだろう。

 

 父親や先代の名を名乗り、代数を重ねるのは芸能の専売特許ではない。江戸あるいは明治時代から続く老舗では、代々の当主の名前が決まっており、世代交代をすると当主の名を継ぐケースがいろいろな業種で多くはないが残っている。違いは形のある「品物」を売るか、形のない「芸」で観客を呼ぶかだろう。 

 

 こうして先代の名を継ぐと、新しい当主が先代とは違う斬新な方法を求める場合がある。先代との比較に対する否定的な感覚もあれば、若さを活かした新しい発想を試みたいとの意欲もあるだろう。

 

 こうした試みが良いとも悪いとも決める必要はないが、江戸以来の京都の老舗の社長さんと話した折に、「伝統はただ古い物を継承していても、意味がないんです。次に伝えるには、何かを改革したり、場合によっては一部を破壊しなくてはならないものもあるんです」と聞いて大いに同感したことがある。伝統を継承すると聴くと、古いものをそのまま大事に守り続けるイメージがある。もちろん、そうでなくてはならないものもある一方、それだけでは時代と乖離し、滅びてしまう場合もある。いかに時代の流れを読み、その中で先人たちが積み上げてきた歴史をどう活かすか、だろう。

 

 歌舞伎の「襲名」も同様で、父の名を継いでも生きた時代も違えば体格も考え方も違う。そうした違いを自分でどう消化し、「芸」に反映するかが大事なのだ。2019年に、現在の二代目松本白鸚(はくおう)が、子息の十代目松本幸四郎、孫の七代目市川染五郎と、親子孫三代での襲名を行い、大きな話題になった。その折、白鸚はインタビューで「襲名とは、『襲命』なのです」と語った。単純に先代の名や当たり役を継ぐだけではなく、先代の考え方や行動、芸などを丸ごと、加えて歌舞伎役者としての生きようを継ぐことでもあるのだとの意味で、この点には頷ける部分が多い。

 

 歌舞伎は、同じ演目を場合によっては200年以上繰り返し演じているものもある。そのゆえか、歌舞伎ならでは、とも言える伝統がある。ある役を初めて演じる折に、親子に限らず先輩から習った場合は、自分の考えがどうあろうと最初は教わった通りに演じるのが、教えてくれた人に対する礼儀とされている。仮に、評判が良くて二度目に演じるチャンスが来たら、その時には自分なりの工夫を加えても良い、ということだ。「最初は真似の踊りなり」という言葉もあり、「学ぶ」の語源は「真似ぶ」であるとの説もある中、歌舞伎のこのルールは現代の視点からでも合理的な部分はある。

 

 企業の経営でも似たところがあるかもしれないが、まずは先代の通りのことができるかどうか、それを凌駕して初めて自分の色を出せ、ということもあるだろう。オリジナル、個性が持て囃される一方で、長い歳月続けられていることにはそれなりの意味と効果があるはずだ。古い=悪い、新しい=良い、というのは魚や肉などの生鮮食料品には当てはまる図式かもしれないが、眼に見えない「芸」はそうは行かない。自分なりの「味」を生み出し、観客に納得してもらうところに苦労も妙味もあるのだろう。

 

 ところで、今回の襲名披露には「團十郎」の下に「白猿(はくえん)」と付いているが、これは今までに例のないことで、「白猿」は江戸期の五代目市川團十郎の俳名である。俗に、「猿は人間より毛が三本足りない」との意を汲み謙遜の意を現わしたもので、十三代目に関して言えば、この「白猿」が取れてはじめて、今までの系譜に連なるまことの「市川團十郎」として堂々と胸を張ることができる。その日が一日も早からんことを祈って今回の襲名に祝意を表したい。歌舞伎役者にとっての親孝行は、「先代よりも立派な役者になった」と言われることだ。子にとって、親は越え難い壁である。それを超えてこそ、新しい名前を継ぐ意味があるのだろう。そう考えると、「襲名=襲命」だと語った松本白鸚の言葉は、単に観念的ではなく、非常な具体性を持って我々の前に迫る。

 

古典芸能だからといって考え方も古いわけではない。現代を生きる俳優の一人として、時代との折り合いを歴史の中で考えた深い言葉だ。

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