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マネジメント

戦略を“物語化”せよ――対概念で思考する『ストーリーとしての競争戦略』

楠木建の「経営知になる考え方」

対概念で思考する戦略発想

 「対概念は何だろう?」「概念と対概念を結んでいる次元は何だろう?」と考えていくと、思考が展開していく。概念と対概念を頭の中に置くことこそ思考の原動力だという話を前回した。

 『ストーリーとしての競争戦略』という本を書いたときも、概念と対概念を頭の中に置いて考えた。僕がこの本で言いたかったことはただ一つ、「戦略はストーリーであるべきだ」。ここでストーリーは「何ではない」のかを考える。対概念との対比で、「ストーリーとは何か」が鮮明になってくる。

≠アクションリスト:箇条書き戦略の罠

 まず、ストーリーは「アクションリスト」ではない。企業のマネジャーの方から「今度こういう戦略で行こうと思っているんですが、どう思いますか?」と聞かれる機会が多くある。

 その会社が考えている戦略なるものをプレゼンテーションを受けて、僕が意見を述べる。その“戦略”のほとんどが、箇条書き大作戦になってしまっている。

 今度こういう市場に、こういうセグメントをターゲットにして、参入時期はいつぐらいで、価格はこれぐらいにして、こういう技術を実装して、こういうチャネルを使って――一つひとつのデシジョンやアクションは決まっている。でも、それらがどうつながって、どう儲かるのかがわからない。静止画の羅列になってしまっている。

≠テンプレート:マス目を埋めても動かない

 第2に「テンプレート」ではない。実務家に非常に大きな影響力を与えた戦略論に「ブルーオーシャン戦略」がある。これにはレッドオーシャンという対概念があるので、僕の好きなタイプの議論ではある。

 ところが、実務家が注目するのは、ブルーオーシャン戦略が提供する「戦略キャンバス」とか「アクション・マトリックス」といったフレームワークないしテンプレートに偏っている。一見して実用的なのだが、テンプレートのマス目を埋めていくことに目が向いてしまう。

 これは戦略構想ではなく、ただの作業だ。テンプレートを相手に作業をしているうちに、戦略全体におけるさまざまなアクションやデシジョンのつながりがどんどん隠されてしまう。動きを持ったストーリーであるはずの戦略が、静止画に後退していくという成り行きだ。

≠シミュレーション:数字は物語を語らない

 第3に「シミュレーション」ではない。例えば、円とドルの水準や、GDPの成長率、その事業の市場規模、自社のシェアといったさまざまな数字が前提条件としてあって、値が変わると期待投資収益率がどう変化するのかを算出する。これがシミュレーションだ。

 シミュレーションには時間軸があるので、その意味では若干ストーリーに近い面がある。しかし、それぞれの数字の背後にある因果関係の論理はほとんど考慮されない。

 市場規模がこれぐらいになると、だいたい何%のシェアが取れるはず。だから売り上げがこうなって、そのときのコストがこうなる――数字が条件の変化や時間とともに動いていくだけで、ストーリーになっていない。戦略を立てた上で、その動きを確認する作業としてなら有用だが、僕の言う戦略ストーリーとは似て非なるものだ。

≠ゲーム:駆け引き以上に大切なこと

 第4に「ゲーム」ではない。僕が「ストーリー」という着想を得たときに一番ピンと来た対概念がこれだった。

 経済学にゲーム理論という分析手法がある。いろいろなプレイヤーが合理的な基準に従って行動したときにどんな状況が生じるのかを、数理モデルを使って分析する。

 経済学にとどまらず社会学や政治学などにも応用されるほどたいへんよくできた理論で、その価値は僕も大いに認めるところだ。しかし、競争戦略がゲームだと言われると、僕にはしっくりこない。

戦略ストーリーが生む“動き”と“つながり”

 自社を取り巻くさまざまなステークホルダーや競争相手に働きかけながら、自社にとって「おいしい状況」をつくり出す。そこに利益の源泉がある。これがゲーム理論に基づく戦略の考え方だ。

 例えば、一時的に自社の商品を低価格に設定することで、潜在的な参入業者や競合他社のやる気をそぐ。平たく言うと駆け引きであり、他社の合理的な反応を予測するという基本的な視座がそこにはある。

 ただ、実際の経営者を見てみると、そんな駆け引きを基盤に経営し、成功している人はあまりいない――こうして「ストーリー」という概念こそ「ゲーム」と対になっているんじゃないかという発想が生まれた。

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