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採用・法律

第64回 判断能力の低下にどのように備えるか?任意後見契約・民事信託契約とは?

中小企業の新たな法律リスク

以前(第14回参照)、太田社長は賛多弁護士に社長の個人財産の引き継ぎに関し相談をしたところ、遺留分に配慮した遺言書の作成についてアドバイスを受けました。今回は、判断能力の低下に備えるための対策について賛多弁護士に相談に来ました。

* * *

太田社長:私の友人のB社長(男性)は、建設業を営んでいましたが、「生涯現役」をモットーに、なかなか息子に経営権を譲ろうとしませんでした。しかし、B社長は、70歳を過ぎた頃から物忘れがひどくなりました。家族は、B社長の様子を見ていて心配になり、B社長を病院に連れて行ったところ、医者からは軽度の認知症と診断されました。そのため、B社長は、慌てて息子に株式を譲渡して経営権を譲ったそうです。

賛多弁護士:ご家族がB社長の日頃の様子を見ていたからなんとか間に合ったようですね。ご家族が気づかなければB社長の認知症はより進行し、最悪の場合、B社長が生前の間は、息子に株式を譲渡することができない状態に陥ったことでしょう。この場合、B社長が大株主だとすれば株主総会決議は成立しませんから、新たな代表取締役の選任さえできないことになります。ところで、太田社長は、「平均寿命」と「健康寿命」の違いを御存じですか。

太田社長:「平均寿命」は、現在0歳の人が平均して何歳まで生きられるかということだと思いますが、「健康寿命」とは何でしょうか。

賛多弁護士:「健康寿命」とは、日常生活に制限のない期間のことをいいます。日常生活の制限とは、支援や介護が必要になるような健康上の問題のことです。「令和2年版厚生労働白書」によれば、2016年の男性の平均寿命は「80.98歳」、健康寿命は「72.14歳」、女性の平均寿命は「87.14歳」、健康寿命は「74.79歳」となっています。つまり、男性で約8年、女性で約13年程度は、支援や介護を受けつつ生活を送ることが想定されるということです。

太田社長:なるほど、そうすると、約10年くらいは誰かの手を借りつつ、余生を過ごすということになりますから、当然、その間の認知症などの判断能力の低下にも備える必要があるということになりますね。

賛多弁護士:そのとおりです。高齢になると医療費や介護費がどうしてもかかります。また、だんだんと1人で暮らすことも難しくなってきます。たとえば、施設で暮らすための入居保証金に充てるために預金を引き出そうとした場合、その金額が多額の場合には、銀行は本人が窓口に来店して本人が手続をすることを求めます。銀行から見て本人の判断能力に疑義があれば、預金の引き出しには応じてもらえません。また、自宅を売却して入居保証金に充てようとしても、不動産仲介会社から見て本人の判断能力に疑義があれば、不動産の売却も進めることができません。このように預金も不動産もあるのに、それをお金に変えることができないという事態が起こりえます。

太田社長:それは困りますね。何か対策はないのでしょうか。

賛多弁護士:まずは、自分の身の回りの世話を見てくれる人との間で「任意後見契約」を交わすことが考えられます。身の回りの世話を見てくれる人は多くの場合は家族ですが、弁護士や司法書士といった専門職が引き受けることもあります。任意後見契約書は、公証役場で公正証書により作成します。

太田社長:「任意後見契約」というのは、どのような契約なのでしょうか。

賛多弁護士:本人と任意後見人との間で交わされる契約で、本人から任意後見人に対して代理権を付与するものです。たとえば、先ほどお話した預金の引き出しや不動産の売却に関する代理権も任意後見人に付与することができます。

太田社長:任意後見契約に何かデメリットはないのでしょうか。

賛多弁護士:任意後見契約は、単に締結しただけでは、その効力は発生しません。本人が判断能力が不十分な状況になった場合、任意後見人が家庭裁判所に任意後見監督人の選任を求め、任意後見監督人が選任されることで効力が発生します。そして、任意後見監督人は、通常、弁護士や司法書士などの第三者が選任され、任意後見人は、本人の財産から毎月数万円程度の報酬を支払わなければなりません。

太田社長:なるほど、任意後見人による代理権の濫用を防ぐために任意後見監督人の選任が必要になるものの、毎月数万円程度の報酬が必要になるということですね。これは、本人の財産によっては小さくない負担ですね。

賛多弁護士:任意後見契約の他に、近年、「民事信託契約」(家族信託契約)というのも判断能力の低下に備えるための対策として注目されています。これは、本人と家族との間で締結される契約です。本人の財産は、本人から家族(たとえば、息子や娘)に移転しますが、移転後も、家族は本人のためにその財産を管理して、本人のために使用しなければなりません。財産の所有も管理も家族に移るため、その後、本人の判断能力が低下しても問題が生じないというわけです。民事信託契約書もまた実務上、公証役場で公正証書により作成されることがほとんどです。

太田社長:任意後見契約のような家庭裁判所への申立は不要ですか。

賛多弁護士:不要です。また、財産の管理を委ねられた家族を監督するため、民事信託契約の中で、信託監督人を定めることもできますが、これも家族の誰かにすることができます。このように家族だけで本人の財産の管理を行えることが民事信託契約の大きな特徴です。

太田社長:民事信託契約に何かデメリットはないのでしょうか。

賛多弁護士:民事信託契約を締結して、本人の預金を家族に移転させる場合、信託口座という専用の口座を銀行に開設してもらう必要があります。しかし、多くの金融機関は、信託口座の開設には、消極的というのが実情です。また、民事信託契約は、その家族に合わせたオーダーメイドの契約となりますが、その分、契約の難易度が高く、きちんとした専門家の手助けなしには意味のない契約になる恐れもあります。

太田社長:なるほど、結局は、本人やその家族の状況に応じて、どのような対策を行うのが適切か判断しなければならないということですね。一概に「任意後見契約がよい」とか「民事信託契約は万能だ」というわけではない、ということがよく分かりました。


* * *

 平均寿命と健康寿命の差が広がっているといわれています。つまり、誰かの手を借りつつ余生を過ごす期間が延びているということです。その間に認知症などで判断能力が不十分になるケースも多いでしょう。判断能力が不十分になれば、もはや自身ではその財産の管理を行うことは難しくなり、財産の処分にも支障が生じます。そのため、判断能力の低下に備えた対策が必要になります。家族構成や財産の内容は、家族によって千差万別です。そのため、どの家族にも有効な「魔法のような対策」はありません。会社の社長は、日々、経営のことを考えられています。何歳になっても熱意をもって経営課題に取り組まれることは非常に尊いことであると思いますが、他方でそれゆえ自身の判断能力の低下には気づきにくいという側面もあります。会社の社長にとっては、株式の承継が最も大きな課題ですが、それ以外の財産の承継、管理についても家族と十分に話し合ってその対策を練る必要があるといえるでしょう。

執筆:鳥飼総合法律事務所 弁護士 山田 重則

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