山の上ホテル
で、最後です。東京・千代田区の「山の上ホテル」の話をさせてください。
アール・デコ調の凝った内外装である建物は竣工から86年、ホテルとしては創業70年という老舗の一軒ですが、2024年2月13日から休館となることが発表されました。建物の老朽化にどう対応するかを検討するための休館であり、休館の期間は未定だともいいます。
私はこのちいさなホテルを20代のころからしばしば利用してきました。数多くの文化人が滞在してきたホテルとはどういうものなのだろうかと、かなりの背伸びをしながらたびたび訪れてきました。とても惹かれたのは、古参の常連客であふれるホテルでありながら、若くて一見(いちげん)の私のような者にもいつも優しい接遇を提供してくれたこと。決して“よそ者に閉ざされたホテル”ではないのです。
休館のニュースが伝わってから、客室はずっとこの先2月まで満室状態らしい。ああ出遅れた、と悔やんでいます。ただし、2万7000円のおせち料理だけはなんとか注文を間に合わせることができました(残念ながら現時点では完売です)。
客室にもう一度泊まるのを諦められず、先日、ホテルまで行って、ホテルスタッフに「2月までの間で、どこかキャンセルが出た日はないですかね」と尋ねたら、スタッフが一所懸命に確認してくれました。
うまく宿泊予約にこぎつけることは叶わなかったのですが…。ホテルの玄関先に立つドアスタッフが私に話しかけてくれました。「まだ諦めることはないと思います。今度は電話でも、もちろん構いませんから、いつでもフロント宛てにご連絡ください」。さらに「それから…」と言葉を続けます。
「バーでしたら夕方はいくぶん空いている日もあります。天ぷら(このホテルの天ぷら屋さんは名店として知られています)は昼の遅い時間帯であれば、入れる場合もあります」
わざわざここまで教えてくれました。それも予約業務の担当外であるドアスタッフが、です。あたたかな接遇は休館をまもなく迎えるいまも全く変わりないというのを、とてもうれしく感じられた場面でした。
今回お伝えした3つ、共通するのは「人」ですね。商品や施設そのものにもまして、人に惹かれて、私はお金を投じました。「その商品や施設を担う人への共感」こそが消費者を振り向かせる。これは、2024年も引き続き重要なところだろうと思っています。