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マネジメント

第20回「『好き嫌い』の復権」

楠木建の「経営知になる考え方」

本当の意味での経営者とは何か?

経営者は組織の頂点に位置する。「代表取締役社長」とか「CEO」のポジションは力の源泉だ。予算や人事の権限、社内外での権威を経営者にもたらす。

組織の階層を一つ一つ昇っていくのには多大なエネルギーを要する。組織の頂点に立ち、大きな力を手に入れる。これは人間の本能の一つだ。社長になりたい人はたくさんいる。ポジションは一つしかない。必然的に厳しい競争を勝ち抜かなければならない。

しかし、である。経営という仕事にとって、ポジションや権限は手段にすぎない。「経営者」「社長」のポジションにあるという状態それ自体が仕事の目的になってしまえば、手段の目的化だ。こうなってしまっては、もはや本当の意味での経営者ではない。

人を動かす「インセンティブ」と「ドライバー」

この手の人々は仕事の誘因(インセンティブ)と動因(ドライバー)を混同している。誘因と動因は異なる。誘因とは、文字通りその人の行動や意思決定をある方向へと「誘うもの」であり、当事者を取り巻く外的な環境や条件にある。給料やボーナスといった金銭的なインセンティブはもちろん、昇進や出世も誘因である。目の前にそうした誘因を提示すれば、人はそれに誘われてある種の行動をとる。

それに対して、動因はその人の内部から自然と湧き上がってくるものだ。内発的なモティベーションといってもよい。他者から提示される誘因がなくとも、自分の中に強い動因があれば、外的な誘因がなくとも、場合によっては負の誘因(ディスインセンティブ)があったとしても、人は動く。

このところの経営に関する議論では、「インセンティブ」という言葉が頻繁に出てくる。例えば、「適正なコーポレート・ガバナンスのためには、経営者に対するインセンティブ・システムの設計がカギになる」という類の話だ。インセンティブの議論は花盛りで、「インセンティバイズ」(incentivize=インセンティブを与える)という動詞も普通に使われるようになった。

「行動のリーダー」にとって重要なものはインセンティブではない

これはこれで大切である。しかし、誘因の問題が前面に出過ぎると、肝心の動因に対する関心や注意が希薄になる。誘因に反応するだけでは優れた経営者になれない。その手の人は誘因を与えられなければ経営者になろうとはしない。昇進し大きな権限を手に入れる。昇進するにつれて金銭的な報酬も増大する。これが強力な誘因となり、その人を動かす。

しかし、いったん経営者のポジションまで登りつめてしまえば、誘因の効き目は低減する。残された誘因は獲得した状態を保持することぐらいしかない。「これをやろう」という経営の動因がない。だから、経営者になっても今度は部下を動かすためのインセンティブの設計など、内向きの管理の仕事に明け暮れる。これではただの「管理者」だ。外に向かって価値をつくっていく本来の意味での経営者ではない。「行動のリーダー」の拠り所は、その人を内部から突き動かす動因である。

表に出しづらい時代でも、経営者にとって「好き嫌い」は強力なドライバーとなる

経営者の動因を形成するのは何か。それは、つまるところその人の「好き嫌い」であるように思う。「良し悪し」ではない。

仕事で経営者と対話をする機会がしばしばある。面と向かって話してみると、その人の好き嫌いが直接、間接に伝わってくる経営者もいれば、いったい何が好きで何が嫌いなのか、さっぱりわからない人もいる。著者の経験でいえば、これはわりとはっきりとした違いだ。

本格的な評伝や自身による回想録を別にすれば、経営者の好き嫌いは外部からはなかなかわからない。経営者は社会に対しては公人である。会社の外部に向けて個人としての好き嫌いをストレートに表明する機会は限られる。新聞や雑誌、インターネットなどのメディアでも、経営者に向けられる関心は経営や成果の「良し悪し」「成否」「正誤」「大小」に関することがほとんどだ。

「良し悪し」にばかり気を取られるな

このところの企業経営についての言説では、以前と比べて「良し悪し」についての議論が幅を利かせ、その分「好き嫌い」は隅に追いやられているように思う。昨近取りざたされる「コンプライアンスが重要になっているこの頃……」などという話はその典型だ。良し悪しの基準に照らして、すぐにそれが「正しいかどうか」になる。

もちろん「良い」ほうが「悪い」よりも良いに決まっている。法に抵触する犯罪が悪いことであり、犯罪をしてはいけないのは自明である。問題は、良し悪しの基準で形式的に切ってしまうタイミングが早すぎるということにある。趣味や私的生活のもろもろはもちろん、仕事にしても単純に良し悪しでは割り切れないものを多分に含んでいる。良し悪しの基準で人間の思考や行動を形式的に切りとってしまえば、話があまりにも浅くなる。経営という仕事はその最たるものだろう。

当たり前の話だが、好き嫌いだけでは経営できない。しかし、好き嫌いを抜きにして経営を語れないのもまた事実。とかく「良し悪し」に傾斜しがちな経営において、「好き嫌い」の復権が求められる。

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