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時代の転換期を先取りする(12) 楽市・楽座の理想(織田信長)

指導者たる者かくあるべし

 生産性向上が社会構造を変える

 米の生産に経済が基礎を置いていた社会に大きな変貌を促したのは、室町時代に入ってからだ。新田の開発、鉄製農具の普及、肥料の改良など生産技術の向上によって、農業の生産性が上がったことに起因している。

 生産性が上がると、農家には、自家消費分と年貢(税)を差しひいた余剰生産物が生まれるようになる。それを交換する市(いち)ができる。初めは農家が市で農作物を他の生活物資と交換していたが、その交易を専門に扱う専業の商人が生まれる。また、生産に必要な農具をつくる鍛冶屋や衣類を織る工人たちの職業も専業化してゆく。これらの商工人も、農業の生産性向上によって、農村で余った人手が担うようになる。日本中世の商工業発展史だ。

 市場経済が発展すると、交易の等価交換を保証する貨幣の流通が盛んになる。また、交易の範囲が拡大するにつれて運輸、流通業者も発生し、街道の整備も必要不可欠となる。こうした社会構図が大きく動いたのが室町時代だった。

 新規参入を促す逆転の発想

 京都の室町幕府のお膝元に室町という南北に貫く通りがある。はじめ京都の郊外の農家が野菜や、簡単な加工食品を日帰りで持ち込んで交換する屋台が並んだ。やがて、固定的な店舗が並んで商売をはじめ、衣類を商うようになり大きく発展する。隣筋に生まれた新町とともに、今も夏の祇園祭は、この地の和服問屋が大きな担い手だ。

 ところが、商人たちは自分たちの利権を独占するために「座」という組合を組織し、幕府、朝廷、有力寺社の庇護を受けて、新規業者の参入を拒むようになる。この座の制度は、商工人だけでなく、流通・運輸にまで及んだ。

 戦国時代に入り、各地の領主たちは、座を保護し、市場取引を統制して、そこから税を取り立てるようになった。
 ところが、織田信長の発想は違った。商取引の規制を緩和して経済の活性化を図ろうとした。「楽市・楽座」(らくいち・らくざ)という逆転の発想による経済発展のための制度改革に乗り出す。

 永禄11年(1568年)9月、岐阜城を拠点としていた信長は、城下の加納(かのう)の市に三ケ条の高札を掲示した。

 1、市場にやってきた商人の往来を妨げてはならず、屋敷、家屋への課税を免除する。

 2、市の座席の独占、座商人の特権はいっさい認めず、だれでも自由に売買してよい。

 3、(家臣たちは)市場内で値切り買いや、喧嘩、口論があっても介入してはならない。

 規制緩和と経済発展

 商業活動について、政治の介入を排除して市場の自律性に任せ、新規参入を促進するとの宣言だ。楽市令は、戦国時代の後期、商工人の城下への誘引策として、今川氏や六角氏などの先行例があるが、ここまで徹底して座の廃止を打ち出し、自由経済を打ち出しているのは、信長が初めてだ。

 楽市楽座令は、その後、近江に拠点を移した後の安土城下でも、踏襲され、後継者の豊臣秀吉も、同様の理念で大坂の城下都市の建設・運営指針として引き継がれる。
 また信長は、同じ年に、両国内の関所をすべて撤廃し、街道を整備、馬による駅伝の制度も充実させる。これは素早い軍事行動を保証することにもなる。

 それまでの戦国大名たちの発想は、「わが領地内」での経済発展とそこからの収入の確保という次元にとどまっていたが、信長のそれは、将来の天下統一をにらみ、さらにキリシタン宣教師を通じて知る国際情勢から、国際貿易をも視野に入れて、規制を緩和した自由な競争原理こそ国家の発展の基礎となるという明確な理想を抱いていた。

 規制緩和と経済発展。当然のように思われるが、実は、規制緩和でのしあがった商工人ほど、独占的地位を確保するため規制強化を欲するから厄介だ。

(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com

※参考文献
『日本の歴史 11 戦国大名』杉山博著 中公文庫
『日本の歴史 15 織豊政権と江戸幕府』池上裕子著 講談社学術文庫
『日本の歴史 12 天下一統』林屋辰三郎著 中公文庫
『現代語訳・信長公記』太田牛一著 中川太古訳 新人物文庫

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