わたくし、糖尿病です。
しかし、「糖尿病」というこの呼称、わたくしとしては、はなはだ心外ではあります。どちらかと言うと、膵臓(すいぞう)病、あるいは、血糖(けっとう)病と呼んで頂きたい。
まあ、1907年の日本内科学会以降、「糖尿病」という正式名が100年以上も使われておりますから、いまさら改めて名前を変えるというわけにも行きませんけどね。
とは言ってもわたくし、1907年から突如として現れたわけではありませんよ。
日本史をひも解きますと、古くは平安時代に栄華を極めた藤原道長が糖尿病だった、というのは有名な話です。また19世紀終わりごろは、わたくし、「蜜尿病」なんて呼び方をされておりました。
とにかく尿が甘くなる病気ということを言いたいわけでしょうが、しかしながら、それは「結果」であって、必ずしも等身大のわたくしを描写して頂いているとは思えません。
わたくし糖尿病が、「国民病」とまで言われるようになったのは、血糖値が高く、2次的な病のリスクを抱えた方々がたいへん増えたことによります。
『糖尿病ネットワーク』という糖尿病に関する情報サイトによりますと、「糖尿病が強く疑われる人」は約820万人、「糖尿病の可能性が否定できない人」は約1,050万人、糖尿病の該当者かその予備群と推定された人の合計は約1,870万人に上った。2002年調査の約1,620万に比べ250万人(15.4%)増加。
とあります。まあ、とにかくここ10年の間に、急速な伸びを示しておるわけです。
現在40歳から74歳の中高年、男性の32%以上、女性の31%以上が、糖尿病かいわゆる糖尿病予備軍と推定されているという状況です。いかにわたくしが、人気者になってしまったかがおわかりですね。
はぁ、はぁ、
ここまで、一気にご説明してまいりましたが、わたくし何だか息切れして参りました。
のども非常に乾いてまいりましたので、ちょっと失礼してお水を飲ませて頂きますね。ごくごく、ふぅ…、…最近はもう、すぐに疲れてしまってしょうがありません。
脳を使いますと、じつにエネルギーを消費いたします。脳細胞さんが使うエネルギーは100%「ブドウ糖」というのをご存知でしょうか?
脳にエネルギーを供給するべく、そのまわりにブドウ糖を含んだ血液がたくさん集まってくるわけですが、「血」液中のブドウ「糖」が、つまり「血糖」なのですね。
ブドウ糖を消費するのは、何も脳細胞さんだけではありませんよ。みなさんの手足の筋肉、内臓の平滑筋の筋肉細胞さんも、そのエネルギーのほとんどをブドウ糖に頼っておられます。
そして、脳細胞や筋肉細胞のまわりに集まった血液から、各細胞内にブドウ糖が渡されるときにその扉をひらくカギとして働くのが、有名な「インスリン」というホルモンなのです。
血液中のブドウ糖が細胞内に取り込まれると、血液中のブドウ糖の値は、下がりますね。インスリンが血糖値を下げるというのは、こういう仕組みなわけなのですよ。
では、そのインスリンさんが「働かなくなる」というのは、どういうことなのでしょうね。
ブドウ糖は、先ほどから申しますように各細胞のエネルギー源です。それを供給するべく細胞の扉をあける役目のインスリンさんに齟齬(そご)をきたすということは、つまり「そのエネルギー、もう要りません。」という細胞からのメッセージと受け取っていただきたいのです。
わたくし糖尿病が言うのもなんですが、まあ、最近はたくさんの情報・エネルギーにあふれた世の中になっております。どれがどれだけ自分に必要なものなのか、もう混乱してしまいますね。
ちょっと細胞さんを、皆さんのおうちに例えてイメージしてみてください。そのおうちにはたくさんの勧誘がやってくる。いい情報もあれば、あなたをだまそうとする妙なものもある。
次々にくる勧誘の中には、土足で玄関まで入りこんでくる輩もおります。危険を察知したおうちの住人は、そうだ、カギを新しく替えてしまおう、と考えます。
ところが、これ、インスリンさんからしてみると、「あれ?鍵穴があわなくなった?」ということになります。
大切なエネルギーをお届けしようとするインスリンさんにとっては、たいへん困ったことになってしまうわけですが、これを医学用語では「インスリン抵抗性」と呼ぶそうです。
まあ、いってみれば情報洪水・エネルギー洪水の今の社会を象徴するような出来事が、カラダの内側でも起こっているというわけです。
こうした状態を指して、わたくしのことを「糖尿病」と呼んでいただくのは、いささか実情と合わないというのがおわかりいただけますでしょうか?
細胞さんからシャットアウトされたブドウ糖は、行き場を失い、とにかく腎臓さんを通じて尿から外へ出ようとします。
糖尿病が進むと、「糖尿病性腎症」という合併症がおこると言われますが、腎臓さんには血液を濾(こ)すための毛細血管の塊(かたまり)がありますから、あまりにベトついた血液には、キャパオーバーを起こしてしまうわけですね。
はぁ、はぁ、またまた息切れして参りました。
のども乾いてまいりましたので、ちょっと失礼してお水を飲ませて頂きますね。ごくごく、ふぅ…、
うぅ、でも、もうひとつだけ、皆さんにお伝えしなければならないことがあるので、わたくし、もう少しがんばります。インスリンをつくる場所、膵臓(すいぞう)さんについてです。
膵臓には、インスリンをつくる働きと、食べ物を消化する消化酵素を含んだ「膵液」をつくる作用の2つがあります。インスリンは「血液中」に放出され、一方の膵液は、胃から腸に入ってきた食べ物を消化するため「十二指腸」というところに放出されます。
血液中に分泌されることを「内分泌」、腸に分泌されることを「外分泌」と言います。カラダの中で腸はまだ外側なんですね。
膵臓さんには、この内向き、外向きの両方の顔があるということを、ぜひ知っておいて頂きたいのです。「まあ、欲張りな機能だこと」と思われないで下さいよ。
膵臓さんが疲弊するというのはつまり、外向きの顔と内向きの顔に大きなギャップが起きていることの証拠なのですから。
はぁ、はぁ、
さまざまな情報やエネルギーに対して、外向きの顔ではいい人を演じようとする。しかし、内側では、もう混乱して自分を見失ってしまいかけている。
わたくしが宿っている患者さんの多くは、こうした外向き・内向きのダブルスタンダードに疲れきっている方が多い、というのが実感でございます。
外向きの顔を立てるべく「一応、たくさんのエネルギーは集めておこう」。でも、実際、細胞のそばまでそれがやってきたとき、「本当に自分に必要なのか?それって大丈夫なのか?」と思う。遠くにあるときはいい顔、近くに来たらちょっと困った顔。
総論賛成、各論反対…。
こうしたことは皆さんの身の上でよくあることでしょう。しかしこれは度が過ぎますと、あなたのカラダの内側で「エネルギー、もう要りません。」という細胞のメッセージへと転換されていくことを、お忘れなく。
はぁ、はぁ、また息切れして参りました。
じっさい、わたくし糖尿病が、生活習慣病の代表選手に祭り挙げられていますのも、今の日本においては無理からぬことかなと思います。
皆さん、本当にがんばってこられましたものね。自分を抑え、他人に気を遣い、上手に外側の自分とも付き合いながら人生をコントロールしてこられました。
わたくしの宿っている方々には、本当に「いい」人が多い。
でも、わたくしがあなたの元にやってきたとき、ぜひあなた自身の本当の欲求というものをお考え頂きたいと思います。
わたくし、そのためなら、「糖尿病」という名前でもなんでも我慢していく所存ですから。
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