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人間学・古典

第22回 去ることで幸福に 范蠡の判断

経営に活かす“十八史略”

 文天祥(ぶんてんしょう)、諸葛孔明(しょかつこうめい)は、主君の死後も「義」を貫きました。
 自らの命が果てるまで、亡き主君や故国に寄り添い続けたのです。
 こうした生き方を彼らが選んだのは、その規範意識の高さと共に、主君が生きていた頃に受けた恩恵への返礼、感謝の気持ちも存在しました。

 この主君、この国のためなら死んでもかまわない

 というほどの熱い心が根底にあったと思われます。
 もしも、「この主君は自分が人生をかけてまで仕えるほどの価値なし」と判断していたら、切りのいいところで適当に退散したかもしれません。
 春秋時代、宿敵であった呉(ご)王、夫差(ふさ)を殺し、呉国を亡ぼした越(えつ)王の句践(こうせん)の元から、一人の優れた人物が去りました。范蠡(はんれい)です。
 「越王の人相を見ると、首が長く、口は烏(からす)のように黒くてとがっている。苦難を共にできても、楽しみを分かつことはできない人柄だ」
 というのが理由でした。
 実際に、越の大夫の文種(ぶんしょう)は句践に自殺を命じられて死にます。范蠡は人相だけを指摘していますが、20年もの間、共に政事を行う中で、性格を知り抜いていたのでしょう。
 彼は持ち運びできる財宝や珠玉などを船に積み込み、妻子や家臣とともに水路を通って斉(せい)の国に行き、姓名を変えて鴟夷子皮(しいしひ)と名乗ります。
 子らと共に財産を作り、その富は数千万にもなりました。このため、彼は斉で能力の高さが評判となり、宰相就任を要請されます。范蠡は嘆息してこう言いました。
 「家にいては千金の財を築き、官に仕えては宰相に上(のぼ)る。平民の身にとって、これ以上の出世はない。しかし、長い間そうした名誉を受け続けるのは禍(わざわい)のもとだ」
 彼は斉の宰相の職を固辞し、築いた財産をことごとく人びとに分け与え、特別な宝物だけをもって、ひそかに陶(とう)の国に移住して、名を陶朱公(とうしゅこう)と改めます。
 すると、ここでも彼は巨万の富を築きました。
 あるとき、魯(ろ)の国に住む猗頓(いとん)という者が尋ねてきて、范蠡に金持ちになる方法を聞きます。范蠡は、
 「それでは、5頭の牝牛を飼いなさい」
 と言いました。
 猗頓は言われたとおり、猗氏(いし)という場所で牧畜に励んだところ、10年の間に、その財産は王公と肩を並べる程になったのです。
 以来、天下の人々は、金持ちというと、陶朱と猗頓のことをいうようになりました。
 軍事、政治、そして商売、どれをやらせても優れた結果を出した范蠡。呉を亡ぼした後も句践が范蠡を身近に置き続けられていたら、越は驚くほどの繁栄を見せたに違いありません。
 たった一人、范蠡ほどの人物がいるかいないかという問題は、国家の将来に大きく影響するのです。
 もしかしたら、あなたはこれまでの人生で范蠡のような人間に出会ったのではないでしょうか。
 今、その人間が身近にいないとすれば、あなたの言動にガッカリして去ってしまった可能性があります。

 大成功は自分自身の日々の立ち居振る舞いにかかっている

 のです。
 特に人に接する際には、周公旦の回(第12回)で学んだ「握髪吐哺」の精神を忘れないようにしましょう。

 

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