menu

経営者のための最新情報

実務家・専門家
”声””文字”のコラムを毎週更新!

文字の大きさ

マネジメント

企業戦略にとって大切なのは「数字」よりも「筋」、「見える化」よりも「話せる化」

楠木建の「経営知になる考え方」

未来を描く「優れた戦略」には何が求められるか

 優れた戦略とは思わず人に話したくなるような面白いストーリーである。これが競争戦略の分野で仕事にしている筆者の年来の主張である。過去を問題にしている場合であれば、数字には厳然たる事実としての迫力がある。しかし、未来のこととなると、数字はある前提を置いた上での予測に過ぎない。あらゆる戦略は常に未来に関わっている。だからこそ、戦略には数字よりも筋が求められる。

 

数字を元に行う判断はオペレーションでしかない

 会社のさまざまなことごとについての「見える化」が大切だ、という話がこのところ強調されている。オペレーションのレベルの話で、しかもそれが過去に起こったことのファクトについてであれば、見える化は大いに賛成である。体重計がなければ減量は進まない。しかし、話がオペレーションではなく戦略ということになると、見える化が本末転倒になってしまう恐れがある。

 ある経営者が新興市場への投資を決断しようとしている。現時点でのオプションとしては中国とインドとロシアがある。時間と資源は限られている。まずどこから攻めるか、優先順位の意思決定をしなければならない。そこでその経営者は戦略企画部門のスタッフを呼んで指示を下す。「それぞれの市場への投資の期待収益率を出してくれ」。

 指示を受けた「戦略スタッフ」はリアル・オプションの手法を駆使しつつ、いろいろな前提や仮定をおいて期待収益率をはじき出し、社長に報告する。「期待収益率を計算しましたところ、中国は15%、インドは10%、ロシアは5%でした!」。社長の決断は「そうか、中国にしよう・・・」。

 これは話を極端にしているのであるが、実際のところ、戦略的な意思決定をするのに暗黙のうちにこの種のアプローチをとっている経営者は決して少なくない。これでは見える化どころか「見え過ぎ化」である。まったくストーリーになっていない。戦略的意思決定がこんなものであれば、小学生でも経営できる。

 

異なる「理」のどちらを取るか?

 経営者の一義的役割は決断を下すことにある。ただし、である。「良いこと」と「悪いこと」の間の選択であれば、「良いこと」を選べばよい。当たり前だ。これは本当の意味での決断ではない。

 「良いこと」と「良いこと」のどちらを取るか――ここに戦略的意思決定の本質がある。何を見ても聞いても「一理ある」という人がいる。で、挙句の果てには「判断が難しい」となる。そもそもこの世の中のありとあらゆる事象で「一理もない」ことなど存在しない。「一理ある」のは当たり前だ。異なる「理」のどちらを取るのか。それが決断である。

 決断に正解はない。客観的に「正しい」判断基準などどこにもない。どこかにあるはずの「正解」を探そうとする。それは経営者としての姿勢ではない。基準は自分の中にしかない。戦略は「こうなるだろう」という正解探しや未来予測ではない。未来はだれにも分からない。分からないけれども、われわれとしては「こうしよう」「こうやって稼いでいこう」――戦略とは経営者の意思表明に他ならない。

 

企業戦略には、魅力的なストーリーを成す「筋」が必要だ

 戦略構想とは、「その事業とは何か」「何を実現しようと思っているのか」から始まって、「なぜ競争優位が構築できるのか」「なぜ成功して利益がでるのか」に至る一連のストーリーを描き出すことにほかならない。しかもそれは定義からして将来についてのストーリーである。起こったことを数字で体系的に見える化しても、その延長上には戦略は生まれない。まだ誰も見たことがない、見えないものを見せてくれる。それが優れた戦略ストーリーである。戦略をストーリーとして構想し、それを組織の人々に浸透させ、共有し、実行に向けて突き動かす。これがリーダーの本来の仕事である

 「数字で見える化」という思考様式は戦略にとっては役に立たないどころか、ものの考え方がストーリーという本質からどんどん逸脱しかねない。戦略にとって大切なのは、「数字」よりも「筋」、「見える化」よりも「話せる化」である。

 この辺に興味のある方は、拙書『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』を読んでいただければ幸いです。

【楠木建のリーダー論】「三角形のリーダー」と「矢印のリーダー」どちらが真のリーダーか?前のページ

問題解決を困難にする2つの要素「複雑性」と「不確実性」に目を向けよ次のページ

関連記事

  1. 戦略立案において「シナジーおじさん」があまり信用できない理由

  2. ビジネスに一番大切なのは「人間の本性」に対する洞察力を上げることである

  3. ベンジャミン・フランクリンに学ぶリーダーシップ(2)プラグマティズム(実利主義)と13の徳目

最新の経営コラム

  1. 第24回 営業マンに頼ることなく、売上高を確保できている

  2. Vol. 1 ニューヨークのビジネス界におけるトレンド:DEIとブランディングの重要性

  3. 朝礼・会議での「社長の3分間スピーチ」ネタ帳(2024年5月1日号) 

ランキング

  1. 1
  2. 2
  3. 3
  4. 4
  5. 5
  6. 6
  7. 7
  8. 8
  9. 9
  10. 10
  1. 1
  2. 2
  3. 3
  4. 4
  5. 5
  6. 6
  7. 7
  8. 8
  9. 9
  10. 10

新着情報メール

日本経営合理化協会では経営コラムや教材の最新情報をいち早くお届けするメールマガジンを発信しております。ご希望の方は下記よりご登録下さい。

emailメールマガジン登録する

新着情報

  1. マネジメント

    『貞観政要』の教訓(3) 明君も落ちた罠
  2. マネジメント

    逆転の発想(42) 現実を理想と融合させるのが政治家の任務である(南原繁・東大総...
  3. マネジメント

    失敗に原因あり(3) 熟慮と逡巡の差は大きい
  4. サービス

    1軒目 「アンチ・エージング・レストラン」
  5. 社長業

    Vol.13 自社のお客様のことをどこまで判っていますか?
keyboard_arrow_up